※はじめに
勢いに任せて妄想を膨らませた結果、とんでもない文章量となってしまいましたので、
根気と時間と通信料(笑)に余裕のある方は、ごゆるりとご鑑賞下さい。
なお、当然のことですがこのお話はフィクションです。作中、どこかで聞いたような
名前の方がいらしても、それは気のせいです。実在する人物・団体などなどとは
「いっさい」関係ありませんので、あしからず(^^;)
では、また後ほど。。。
 
 

佐倉楓子さん誕生日記念SS
「ほのかな香りに誘われて…」
                            しんきろう 作

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前略 お元気ですか?
 先輩からの引継ぎがあってから、早くも数ヶ月が過ぎようとしていますが、
みんなの調子はどうですか? ちゃんとまとまってますか?
私も大門に来て、またマネージャーとして野球部に入部して2ヶ月くらいになりますが
ようやくチームにも馴染んできました。
みんな上手い人ばかりで、実力的にも今のひびきのといい勝負だと思います。
これからの練習次第では、侮れないチームになるかもしれませんよ。
 そういえば、もうすぐ文化祭の時期ですね?招待試合の調整は上手くいってますか?
お祭り気分でいると足元をすくわれるかもしれませんよ。って、その辺は心配することな
いかな?なんにしても、怪我にだけは十分注意してくださいね。
 つぎのお便りでは、そのあたりの話が聞いてみたいのでリクエストします。(笑)
 それでは、またお手紙書きますね。
                                                          かしこ
 

                                     虫達の囁きを聴きながら…   佐倉 楓子

追伸 カメ子(仮)は、今日も元気です。

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「ふぅ。ちょっとカッコつけすぎかな?」
書き上げた手紙の内容を読み返しながら、佐倉楓子(さくらかえでこ)は少し照れてみた。
転校という辛く悲しい出来事は、優しく懐かしい想い出へと姿を変えようとしていた。
楓子自身にとっては、父の突然の転勤によって、これまでにも何度か経験してきた事で
あったが、つい数ヶ月前の別れはいつもと違う意味を持っていた。
なぜなら…
「文化祭、、、かぁ。……どうしてるかな、カレ」
そう呟きながら、出窓の棚に置いてある底の浅い水槽に目を移す。水を張らずに玉砂利と
少しの木切れを入れただけの水槽の中で、1匹の亀がジッと楓子を見つめていた。
視線が合うと水を掻くような仕草で前足をもがいた。それを見た楓子は、まだ餌を与えてない
ことに気づき、ベッドから腰を上げたところで、ドアをノックする音と共に母が入ってきた。
「楓子、ちょっといい?」
「はぁい、何?」
「あなたに電話よ。ひびきののカレから」
「え…?」
一瞬、自分の耳を疑った。
カレには連絡先は教えていない。ここの連絡先は、ごくごく親しい友人にしか伝えていない
はずだ。それどころか、カレには転校することすら満足に伝えられなかったのに…。
胸の奥でトゲを刺したようなチクリとする痛みが走る。
(それなのに、どうして…)
「どうしたの?電話、出ないの?」
ぼーっと子機を見つめる楓子を見て、母が心配そうに顔を覗かせた。
「あ、ううん。出るよ」
母から子機を受け取ると、ゆっくり瞬きをして心を落ち着かせ保留ボタンを押そうとした
ところで、母がニヤニヤしながらその様子を見ているのに気付く。
「嬉しそうね?」
「そ、そんな。カレとは、ただ…」
「ただ…何?」
そこでようやく自分が墓穴を掘ったことに気づき、瞬く間に顔を紅く染めていく。
「もう! いいから、早く出てって!」
「はいはい」
肩越しに娘の恥らう姿を微笑ましく見ながら、怒気に背中を押されるように部屋を後にした。
楓子は、別にある両親の寝室のドアが閉まる音をドア越しに確認すると、一度だけ大きく
深呼吸をして子機の保留ボタンを押した。
「あの…もしもし。佐倉です」
「あ、こ、こんばんわ。えっと…その、久しぶりだね。元気だった?突然電話してごめんね?」
緊張のあまりか、そこまで一息で言い切った。
「ふふふ。相変わらずだね。時間はたっぷりあるから、ゆっくり話そう。ね?」
「え?…あ、うん。ごめん」
受話器の向こうで顔を真っ赤にして俯いているカレの様子が思い浮かび、思わず笑みがこぼれる。
「それにしてもビックリしちゃった」
「え?」
「だって、突然、電話くれるんだもん。どうやって調べたの?」
「あ、あぁ。匠にね、教えてもらったんだ」
「たくみ…って坂城君?」
坂城(さかき)匠。通称、”ひびきの一の事情通”で彼にかかれば解らないことはほとんどない
らしい。但し、女の子の情報に限ったことだが。
たしかに、彼の情報網をもってすれば電話番号くらいわけなく調べられるだろう、と妙な部分で
納得してしまった。
「でも、それじゃ大変だったんじゃない?」
「あぁ。おかげでアンノ=ミラージュのパフェ、全種類おごらされた」
「あははは」
「笑い事じゃないって。こっちはバイトもできずに少ない小遣いをやりくりしてるのに。
 いい事なんてありゃしない。あ、そうそう、そっちでは最近、何かいい事ってあった?」
「いい事?うーんと、どうかな。でも、どうして?」
「あ、いやぁ、別にたいした意味はないんだけどね…ははは」
乾いた笑いが変に怪しかったので、カレを少し困らせてみることにした。
「あ!そういえば、最近すっごく嬉しいことあったよ。一つだけ」
「何なに?」
「あなたが、こうして電話してきてくれたこと」
「…………」
「ふふふ」
カレは、再び受話器の向こうで顔を紅く染めてしまったらしい。
それからしばらく他愛もない話を続けていたが、文化祭の話題に転じたところで
「それでさ、今日電話したのも実はちょっとお願いがあっての事なんだけど」
「なに?お願いって」
「今年もさ、文化祭で恒例の招待試合をするんだけど、その…もし時間があったらでいい
 んだけど見に来てくれないかな?」
「え?……えっと…」
即座に頷くことができなかった。本当ならば願ってもない誘いだったはずなのに。
久しぶりの街、懐かしい友、そして…。
思い返せば、今すぐにでもこの街を離れ会いに行きたい気持ちに駆られるのに心の奥の
何かがそれを阻んでいた。
そんな返答に窮す楓子をよそに、しばらくの沈黙を拒絶の意に取ったのか、カレが切り出した。
「あ…忙しいなら無理することないよ。新人戦で忙しい時期だしね」
「ぅ、うん…」
違う。部活ならこの前の休みの試合で惜敗し、しばらくは休養期間に入っていたため、
時間はいくらでもあった。楓子もこれを機に、出掛けてみようと旅費をコツコツと
貯めてさえいたくらいだ。
しかし、いざカレの口から誘いの言葉を聞くと、何かが引っかかった。
「あの…ごめんなさい」
どうにかしてそれだけをしぼり出すことができた。
「あぁ、いいって。謝ることなんてないよ。こっちも急に変なお願いしてごめんね?」
「ううん、そんなことないよ。…また、別の機会に誘って。ね?」
「あぁ、そうさせてもらうよ」
「あ、もうこんな時間。長話になっちゃってごめんね」
「いや、いいって。久しぶりに声が聞けて嬉しかったし」
「わたしも。それじゃぁね、お休みなさい」
「うん、おやすみ…」
手短かに別れの挨拶を済ませ子機の電源を切ると、しばらくボーっと受話器を見つめていた。
しかしその目は焦点が合っていない。
(なに?どうしちゃったの?)
(もっと話していたいのに…、もっと声を聞いていたいのに…)
(なんか……変だ、わたし)
カリカリカリ、カリカリカリカリ…
ふいに耳障りな音が聞こえ、楓子は現実に立ち返った。視線を巡らせると、水槽の中の亀が
必死にもがいている。
「あ。そうだった。ご飯あげなくちゃね」
考え出すといつまでも繰り返し胸に押し寄せてくる不安を振り払うように、声に出して
そう呟くと、楓子は子機を戻すため一度部屋を出ていった。
亀に餌をやりながら、水槽の隣に置いてあった小瓶に目を移してみる。クリアピンクの瓶で
手のひらの中に収まってしまう程の大きさしかない。蓋の部分はご丁寧にも封がしてあった。
楓子は、これを不思議な少女から受け取っていた。
 

夏休みも終わりに近いある日。
楓子は、部活動のため学校に来ていた。ひびきのの生徒としてここを訪れるのも今日が最後
だった。明日には、両親と共に遠くの町に引っ越さなければならない。そのための準備も既に
済ませてある。
お世話になった先生や野球部の顧問、監督、チームメイトなどに別れの挨拶に回った。最後に
部員達が送別会を開くからと誘ってくれたが、別れが辛くなるからと丁重に断って先に学校を
後にすることにした。
「佐倉さん」
校門まで来たところで、楓子は不意に呼び止められた。
見ると、一人の少女が自然な笑みを浮かべて立っていた。艶やかなピンクの長い髪を二手に分け、
胸元で束ねるという独特の髪型。先程の声でも解るように、物腰の柔らかそうな雰囲気が彼女
にはあった。
「しらゆき…さん」
楓子は、彼女の名前を知っていた。白雪美帆(みほ)。クラスも違いあまり仲の良い友達という
訳ではなかったが、学校内では結構有名だった。彼女が趣味とする占いは、彼女自身が
「ひびきのの母」と噂されるほどに良く当たったからだ。普段からあまり占いに頼ることのない
楓子も、2度ほど相談を持ちかけたことがある。1度目は、夏の初め。チームの勝負運について
占ってもらった。結果は見事に的中し、些細なきっかけから地区大会準決勝戦で惜敗した。2度
目は、つい先日のことだった。内容は、言わずもがなである。
その程度の面識しかなかったため、美帆の方から話し掛けられるなどとは思ってもみなかった。
「ちょっとお渡ししたい物がありまして。時間、大丈夫ですか?」
「う、うん。平気…だけど」
その言葉を聞くと、美帆は満面の笑みを浮かべて、カエルのキーホルダーがついた鞄の中を探し始める。
「あの、これなんですけど」
と言って、小さな白い箱を手渡された。包装などはなくピンクのリボンが掛けられただけの
小さな箱。
「なぁに?コレ」
「プレゼントです。お別れのしるしに。明日、引っ越されるんですよね」
「あ、、、」
楓子は、心が温かくなっていくのを感じていた。
「中、開けてもいいかな?」
「はい、どうぞ」
「うーんと、コレは…」
箱の中には、細く切り刻まれた緩衝材にくるまれたクリアピンクの小瓶があった。楓子はそれを
取り出して空に透かしてみる。蓋の部分には封がしてあり、中には液体のようなものが揺れていた。
「ただのアロマオイルです」
「アロマオイル?」
「はい、ローズマリーの香りです。気持ちを落ち着かせ、ヒーリングの効果もあるんですよ。
 それと…」
「…?」
「それには、ちょっとしたおまじないが掛けてあるんです」
「…??」
楓子は、訳が解らないというような少し困った表情でいたが、美帆はそのまま言葉を続けた。
「妖精さんにお願いして幸せの源を少し分けてもらったんです。佐倉さんが悲しいとき、つらい
 とき、不安に駆られるとき、それを使ってみてください。きっと何か良い事が起こるかもしれ
 ませんよ」
この人は、何を言っているのだろう。
以前の楓子であればそう考えたに違いない。しかし、今の彼女は美帆の言葉を素直に受け入れる
ことができた。それは、美帆の占いが良く当たるからなのか、それとも物腰の柔らかい美帆の
雰囲気のせいなのだろうか。
「そうなんだ。でも、ホントに貰っても良いの?あ、何かお返ししないと」
「お返しなんて気を使わないでください。それよりも、大事にしてくださいね、それ」
「うん、わかった。大切に使わせてもらうね。ホントにありがとうね」
お返しをするのは断られてしまったが、その代わりに楓子は、満面の笑みを返した。
「それでは、佐倉さん。転校先でも元気で頑張って下さいね」
「うん、白雪さんも元気でね。またいつか占ってもらってもいい?」
「ええ、いつでも構いませんよ」
「それじゃぁね」
「はい、さようなら」
これまで重ねてきた何気ない下校時の一場面であるかのように、その場に悲しい雰囲気は
無かった。そして二人はそれぞれ別の方にある自宅に向け、振り返ることなく歩み始めた。
 

「何か良い事が起こるかもしれない…か」
楓子は、小瓶を指先でもてあそびながら美帆の言葉を繰り返した。
「よし!」
意を決して、封を剥がし蓋を開けてみる。ローズマリーの柔らかな香りが楓子の鼻先をくすぐった。
カリカリ、カリカリカリ…
水槽の中の亀が再び前足をもがき始めた。ローズマリーの香りを餌の匂いか何かと間違えたのだろう。
「なぁに?ご飯ならさっきあげたでしょう?」
カリカリ、カリカリカリ…
「だぁめ。コレはご飯じゃないよ」
カリカリカリカリカリ…
「もしかしてこの香りに反応してるのかな?でも、カメってにおい解るのかなぁ?」
素朴な疑問と少しの好奇心がわいてきて、楓子は小瓶を亀のそばに近づけてみた。
カプッ……
オイルの入った小瓶をつまんでいた楓子の指に、亀が噛みついてぶら下がっている。
「痛っ!」
楓子は、とっさの事で何が起こったのか判断できず反応が一瞬遅れたが、噛みつかれていた
指を慌てて引っ込めた。
コトッ、コポコポ…
と同時に、持っていた小瓶を放してしまい、亀の甲羅の部分にオイルがかかってしまう。
「あーっ!たいへんーっ!」
急いで小瓶を拾い上げたものの、中身はもう残り僅かしかなかった。続いて楓子は、手近にあった
ティッシュペーパーで亀にかかったアロマオイルを丁寧に拭い取ってやると、おもむろに顔を
近づけその匂いを嗅いだ。
「やっぱりこの匂いはしばらく残るかも。ごめんね、あとで洗ってあげるから少し我慢しててね」
そして、むせ返るような匂いで満たされた水槽を掃除しようと、両手に持っていた亀を脇に
置こうとしたところで、指先が暖かくなるのを感じた。
(……!)
ふと見ると、手にしていた亀がうっすらと光を放っている。楓子は、再び顔の近くに持ってくると
その様子を観察しようとした。すると亀をまとっていた微かな光が、その明るさを増した。それと
同時に指先で感じていた暖かさが手のひら全体に広がっていく。そして、その重みがふっと
無くなった次の瞬間、光がはじけた。

真っ白い世界。
右も左もなく、天井や床さえも見えない。
浮いている感覚。
木の葉のように空中を舞っている感じ。
クラゲのように水中を漂っている感じ。
いつからこうしているのだろう。
いつまでこうしているのだろう。

しかし、そんな感覚もすぐに消え失せた。聞き慣れた目覚まし時計の秒針が時を刻む音が耳に
入ってくる。ペタンと座り込んでいるのだろうか、ふくらはぎの辺りがカーペットの毛羽立ち
にくすぐられてむずがゆい。手にはベッドの毛布の柔らかい感触。とりあえず、自分が部屋に
居ることが何となくだが解った。しかし、目の前には未だに白い大きな光の玉が楓子の視野を
遮っていた。あれだけの強烈な光をまともに見てしまったのだから仕方がない。楓子は、瞬きを
しながら目をこすってみた。すると視界の隅の方から徐々にではあるが視力が回復していった。
その隙間から自室の壁紙とカーテンの色が垣間見える。自分が部屋にいることを目で見て確認
することが出来たため、ホッと胸を撫で下ろしていた、が。
すべての不安が拭い去ることは出来なかった。言いしれぬ違和感を感じるのである。
(……誰かに見られてる?)
さっきまでは確かに自分しかいなかったはずだ。でも、何かがいる気配がする。そしてその
モノに見つめられている視線を感じる。
一気に不安に駆られた楓子は、必死になって目をこすった。
ようやく視力が回復してきたので、ゆっくりと顔を上げてみた。
そこには…

楓子が座っていた。

                              < 第1部 完 >
 
 
 
 
 
 


第2部へ続く