野球部には朝練がある。
その参加は義務ではなくて(と言うか、自由な校風のひびきのだから、月に一回の練習以外は全て自由参加なんだケド)、今まではずっと出ていなかったんだけど(だって、朝って弱いんだモン)。
今日は初めて、朝練に参加した。だって、頑張ってダイエットするって、昨日決めたから。
「あれ、楓子ちゃん!?」
「あ、北条さん!」
おずおずとグランドに出たわたしを、北条さんが見付けてくれて、駆け寄って来た。
・・・うん、大丈夫。髪の毛、変じゃないよね?
「おはよう、楓子ちゃん。今日は早いね?」
「う、うん・・・。朝、早くに目が覚めちゃって。でも、北条さんも早いね?」
「まぁね、今年こそはレギュラー、取りたいから」
にこっと笑って、北条さんが言う。
「だって、約束したじゃん? 楓子ちゃんを甲子園に連れていってあげる、って」
「え? ・・・う、うん・・・」
「それにはやっぱり、レギュラー取りからだよ」
「うん・・・そうだね。頑張ってね!」
「うん。・・・あ、そうだ!」
北条さんが周りを見て、こそっと耳打ちしてくる。
「今度の日曜日、受けてくれてありがとう。楽しみにしてるからね?」
「・・・は、はい・・・」
い、いやぁ〜ん、顔が真っ赤になってるって、分かるよぉ〜。
ぽかぽかと熱くなった頬を両手で挟みながら、駆けて行く北条さんを見送る。
・・・えへへ、嬉しいな。楽しみにしてる、だって!
それに、ちゃんと覚えててくれたんだぁ、あの時の約束。
甲子園に連れていってあげる、って・・・それも、初めてお出かけした時の、約束だよね?
・・・ありがとう、北条さん。
「うん! じゃあわたしも、頑張るぞ〜!」
勇気と幸せをいっぱいいっぱいもらったわたしは、グランドを走り出したみんなの輪に加わった。
「あれ、楓子ちゃんも走るの?」
「うん、だってマネージャーも体力勝負だモン!」
同じ『マネージャー』の柊さんに、そう答えておく。
だって、「ダイエットしてるの」なんて、恥かしくて言えないモン!
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をとめの戦い
<2:熾烈なファーストラウンド!>
書き人:柊雅史
(注:季節外れでゴメンなさい!)
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「あ〜ん、やっぱり辛いよぉ〜」
お昼休み、わたしはシクシク痛むお腹に音を上げた。
だってだって、朝はトースト1枚とコーヒー(ノンシュガー)だけだったんだモン! それに朝練でグランドを走ったり、ちょっとだけバットを振ったりしたから。
もう、2時間目くらいからお腹がく〜く〜鳴りそうで、すっごく大変だったんだから!
3時間目が終わる頃には、もうお腹が空いたを通り越して、ちょっと痛いくらいになっちゃった。
でも・・・我慢我慢、絶対絶対頑張るって、朝決めたばっかりじゃない!
でも・・・ふぇ〜ん、やっぱり辛いぃ〜。
「おう、そこにいるのは佐倉楓子ではないかっ!」
ちょっとだけ、おソバでも食べようと食堂に向かっていたわたしに、どこか偉そうな声が掛けられた。
って、そんな風にわたしを呼ぶのって、一人しかいないケド・・・。
「あ、伊集院さん、こんにちは」
「うむ! どうしたのだ、佐倉楓子? なにやら元気がないではないか?」
「そ、そうかな・・・?」
「顔が青いのだ。さては腹が減ってるのだ?」
う・・・鋭いなぁ。
「ふふん、図星なのだ。ちょうど良いのだ、メイと一緒にお昼にするのだ!」
「う、うん・・・良いけど・・・」
「よし、では行くのだ!」
言うや、伊集院さんはわたしの手を取って歩き始める。
伊集院さんはわたしの一コ下なんだけど、去年のバレンタイン以来、なんとなく仲良くなった。
・・・え? あの時は「北条さん」じゃなかっただろ、って?
駄目だよ、そんなこと気にしちゃ。作者の人にも色々事情はあるんだし、大人の世界には色々あるんだから。
だから・・・ね? 気にしないで、ね?
(神の声:ふ・・・楓子ちゃんにこう言われては、気にするわけにはいくまい!(にやり))
・・・はっ、今の声は何・・・?
なんて、冗談を言っている場合じゃ、ないよね。
「あ、あの、伊集院さん? ど、どこに行くの? そっち、食堂じゃないよ?」
「まぁ良いから付いて来るのだ!」
嬉々として携帯電話を取り出し、かけ始める伊集院さんに、なんとなくいや〜な予感がした。
「・・・咲之進か? 出るのが遅いのだ! ふん、まぁ良いのだ。これからお昼にするのだが・・・」
・・・やっぱり、嫌な予感がするよぉ〜!
予感は的中しちゃった・・・。
「・・・さぁ、食べるのだ、佐倉楓子! 心行くまで、味わうと良いのだ!」
満面の笑みで両手を広げる伊集院さんは、無邪気な様子。きっと、本当に好意だけしか抱いていないんだろうけど・・・。
丸テーブルいっぱいに出された、何十皿もの食べ物。あれは多分、キャビアだし、こっちにはトリュフもあるし、フォアグラもある。
どれもこれも美味しそうだし、高価そうなんだけど・・・ちょっと、ううん、かなりカロリーが高そうでもある。
「どうしたのだ? どれも美味しいのだ! 味の方はメイが保証するのだ!」
「う、うん・・・」
ふぇ〜ん、なんで今日に限ってこんな幸運(?)に遭うの?
せめて・・・せめて今度の日曜日を過ぎてからだったら、一日だけは目をつぶって、めったに食べれない御馳走を堪能できたのに!
神様のバカバカバカバカ〜!
「ふむ、これは中々イケルのだ! 佐倉楓子も食べてみるのだ!」
と、伊集院さんが勧めて来たのはお野菜をお肉で巻いたもの。あんまりカロリーは高くなさそうだから、ちょっとだけ安堵した。
ソースをちょこっとつけて、口に運ぶ。お野菜の甘みとお肉の味が絶妙にミックスされていて、信じられないほど美味しかった。
「・・・美味しいぃ〜!」
「そうだろう、そうだろう? うむ、メイも気に入ったのだ! このシェフは伊集院家で雇うことに決めたのだ!」
鼻歌でも歌いそうな雰囲気で、伊集院さんはお皿を空にして、次のお皿に移る。
楽しそうに批評を下しながら順々に食べていく伊集院さんは、体の割にはよく食べる方だと思う。
伊集院さんって、小さいし、細いのに・・・あんなに食べて太らないのかな?
「・・・ん、どうしたのだ、佐倉楓子? 口に合わないか?」
ぼんやり伊集院さんを眺めていると、伊集院さんがナイフとフォークを止めて聞いて来た。
「え、ううん。そんなこと、ないよ。ただ・・・」
「ただ、なんなのだ? 言ってみるのだ」
「えっと・・・伊集院さん、そんなに食べてて、太ったり、しない?」
わたしの問いに、伊集院さんはきょとんと目を瞬き、それからにやりと笑った。
「なるほど、さてはダイエット中なのだな、佐倉楓子!」
ぎくぅ!
「え、えっと・・・」
「図星なのだ? う〜む、メイにはよく分からんのだ。別にダイエットするほどには、見えないと思うのだ」
伊集院さんがわたしをまじまじと見る。
・・・な、なんか、恥かしいよぉ・・・。
「・・・メイに言わせれば、佐倉楓子くらいがちょうど良いと思うのだ。メイなんて、どんなに食べても大きくならないのだ・・・」
はぁ、と溜息を吐く伊集院さんの目は、自分の胸の部分に注がれていた。
でも、わたしにしてみれば、伊集院さんの方が羨ましいケド。わたしなんて、ちょっと食べ過ぎただけで、すぐに太っちゃうんだモン。
「・・・そんなわけで、ダイエットなんて止めるのだ! ほれほれ、これなんか美味しいのだ、食べるのだー!」
「い、いやぁ〜ん! 目の毒だから近付けないで〜!」
「ほれほれ、良い匂いなのだ! 口を開けるのだ、食べさせてあげるのだぁ〜♪」
テーブルによじ登ってステーキをうりうり押し付けてくる伊集院さんは、明らかに面白がっている様子だった。
うぅ〜、伊集院さんのいじわるぅ!
それにそれに、テーブルに登るなんて、マナー違反だよ? 咲之進さん、止めてよぉ〜!
わたしは心の中で伊集院さんの背後に控えていた咲之進さんに助けを求めたのだけれど。
咲之進さんはなぜか、珍しく笑みを浮かべたまま微動だにしなかった。
・・・ステーキは物凄く美味しかった。
シクシク・・・。
★ ☆ ★
はぁ、と疲労の色が濃い溜息が漏れた。
時間は既に放課後になっている。そろそろ夏の太陽でも朱に染まり始める頃。野球部の練習もそろそろ終わり。
お昼に伊集院さんのせいで、豪華な料理を食べちゃったから、それを取り戻すべく、マネージャーの仕事の合間に、ちょっとだけ運動を兼ねて練習に混ぜてもらったんだケド・・・。
物凄く、疲れちゃった。やっぱり、マネージャーの仕事ってキツイけど、部員の練習に比べれば、まだまだ楽なんだよね。
「よ〜し、それじゃあ今日はこの辺で終わるぞー!」
キャプテンの号令で、練習が終わる。部員のみんなはグランドを綺麗にして、ぞろぞろと更衣室に向かっていく。
わたし達マネージャーはバットとかを片付けてから着替えることになるから、大抵帰りは部員のみんなよりも遅い。
今日もやっぱり、着替えを終えて更衣室を出る頃には、空は真っ赤に染まっていた。
「はぁ、今日は疲れちゃった。けど・・・ちょっとは痩せたかなぁ?」
鍵をかけながらぼやく。ちなみに男子更衣室の方は、男子マネージャーの柊さんが鍵をかけてくれる。
鍵は用務員室に預けることになっている。これは野球部が朝早くて、職員室に誰もいない頃から朝練が始まるから。みんな、甲子園目指して頑張ってるんだよね。
電気の消えた男子更衣室を確認してから、用務員室に向かう。
その途中。
「あ、楓子ちゃん!」
「え? ・・・あ、北条さん?」
ちょうど、校舎の方から北条さんが出てきて、びっくりしちゃった。
「あ、ぐ、偶然だね? 今から帰るの?」
「うん、ちょっと忘れ物しちゃってね。・・・楓子ちゃんも、これから?」
「う、うん・・・鍵、預けてから、だけどね」
・・・あ、どうしよう。なんか、ドキドキしてきちゃった。
だってだって・・・周りには他に誰もいないんだモン。こんな時間だし、学校にも誰も残ってないと思うし・・・。
どうしよう、かな。い、一緒に帰ろうって、言ってみよう、カナ・・・?
わたしが迷っていると、結論を出すより先に北条さんが言った。
「あの、さ。それじゃあ一緒に帰らない? 途中まででも」
「え!?」
「あ、用とかあるなら、別に良いけど・・・」
慌てて付け加える北条さんに、首を振った。
「ううん、全然大丈夫だよ! じゃあ、ちょっと待ってて、鍵預けてくるから!」
「あ、俺も行くよ」
「ううん、ここで待ってて、ね?」
わたしはそう言って、用務員室へ走り出した。
だってだって・・・嬉しくて、涙が出そうだったんだモン!
今までにも、何度か一緒に帰ったことはあるけど、やっぱり、何度目でも嬉しいものは嬉しい、よね?
急いで用務員室に行って、鍵を預ける。
「なにもそんなに急ぐことはないぞい? 顔が真っ赤じゃないか」
鍵を渡した用務員さんが苦笑交じりにそう言った。
えへへ・・・顔が赤い理由は、それだけじゃないんだよ、おじさん。
「・・・楓子ちゃん、ちょっとだけ寄り道していかない?」
北条さんがそう言い出したのは、ひびきの駅前に来た時だった。
「ちょっとお腹空いちゃって・・・駄目かな?」
駅前のファーストフードのお店を見上げて言う北条さんは、本当にお腹が空いてるみたいで、なんか可愛いって思っちゃった。
わたしもお腹は空いてるけど、ダイエット中、なんだよね。
でも、コーヒーとかなら、大丈夫、かな?
「うん、じゃあ寄っていこう?」
「よかった! じゃあ、あそこで良い?」
指差したのはやっぱりファーストフードのお店。クスクス笑いながら、頷いた。
わたしはコーヒーを、北条さんはセットメニューを選んで2階の席に向かう。この辺りって八重さんとか美幸ちゃんとか、北条さんの友達の穂刈くんとかが住んでいるから、鉢合わせになったらどうしよう、って思ったけど、客席にそれらしき姿は見当たらなかった。
だって、八重さんならともかく、美幸ちゃんに見付かったら、なんてからかわれるか、わかんないモン。
席に座ると、北条さんはさっそくハンバーガーにかぶりつく。その大きな口に、笑みが零れた。
「・・・な、なに?」
わたしがクスクス笑っていると、北条さんが目を瞬いて聞いてくる。その様子が、なんかとっても可愛い。
「だって、大きなお口なんだモン」
「え・・・そうかな・・・?」
困ったようにかぶりついたハンバーガーを見詰める。
「それに、おソース、付いてるよ?」
北条さんの口の脇に付いたソースを、手を伸ばして取ってあげる。
「・・・あ、ありがと・・・」
北条さんが顔を真っ赤にして言う。それに気付いて、わたしの頬もかぁ〜って、熱を持ち始めた。
わ、わたしってば・・・無意識の内に大胆なこと、しちゃったカモ・・・。
だってだって、昔から弟の面倒をみてたから。そんな感覚だったんだモン!
そんな風に言い訳している内に、北条さんはハンバーガーを食べ終える。今度はちゃんと紙ふきんで口を拭って、照れ笑いを浮かべた。
「はは・・・、付いてないよね?」
「うん、大丈夫だよ」
冗談めかした北条さんのセリフに、どうにか一時的な緊張が解れた。
「そう言えば楓子ちゃん、本当にコーヒーだけで良かったの?」
「え? う、うん・・・」
「でも、今日は練習にもちょっと参加していたし、疲れたでしょ?」
「うん、そうだけど・・・。えっと、帰ったらお母さんがゴハン、用意しているし」
「あ、そっかー」
咄嗟にした言い訳に北条さんが頷く。ゴメンね、嘘ついちゃって。でも、お母さんがゴハン用意しているのも、本当だモンね。
「あ、でも、ポテトくらいなら大丈夫でしょう? 摘まんで良いよ」
「え、でも・・・」
ポテトって、油で揚げてるんだよね・・・。
「一人で食べてるとなんか、悪いし。だから・・・ハイ」
え・・・?
ハイ、って・・・?
北条さんはポテトを一本、わたしの方へ向けている。
高さ的には手渡し、って感じじゃなくて・・・その、口の辺り、なんだけど・・・。
「ほら、遠慮しないで。ね?」
「う、うん・・・」
ど、どうしよう、どうしよう・・・心臓、爆発しそうだよぉ〜!
耳まで熱くなってるのを感じながら、ちょっと北条さんの顔を上目遣いで見る。
それから、思い切ってポテトをぱくって、食べた。
唇が、ちょっとだけ北条さんの指に触れて・・・心臓が、止まっちゃうかと思った。
「美味しい?」
「う、うん・・・」
本当は、味なんて全然分からなかったケド。
でも、味は分からなかったけど、美味しかった。今まで食べたどんなものよりも。お昼に食べた、豪華な料理よりも。
だって、だって・・・。
「じゃあ、遠慮しないで食べてよ。俺も家に帰ったら母さんがゴハン作ってるし。半分こにしよう?」
北条さんの提案に、わたしは黙って頷いた。胸がいっぱいで、言葉が出なかったから・・・。
また、北条さんに食べさせてもらったりしたら、きっと今度こそ心臓が止まっちゃうと思ったから。
わたしはちゃんと、自分の手でポテトを摘まんで、口に運ぶ。
この時ばかりは、舞い上がって舞い上がって、「ダイエット」という言葉を忘れていた。
今日は、なんだかとても良い日だった。
北条さんと一緒に帰れたし、それに、北条さんにポテトまで食べさせてもらっちゃった。
ちょっとだけ、唇が指に触れちゃったのが、恥かしくて・・・嬉しかった。
わたしって、ちょっぴりHカナ?
北条さんが、わたしの触れた指でポテトを食べる度に、ドキドキしちゃって。
ずっとずっと、ドキドキが収まらなかった。
・・・本当に、今日は良い日だった。
神様に感謝したいくらい。
・・・寝る前までは、そうだったんだけど・・・。
「い、いやぁ〜ん、全然減ってないよぉ〜!!」
お昼が悪かったのか、ポテトが悪かったのか・・・。
とにかく、やっぱり神様は意地悪だと、思った。
>つづく♪<
そんなわけで2話ですが、いかがでしたでしょう?
ちょっとはラブラブして来たと思うのですが・・・北条さん、いかがですか? もっとですか? 命知らずですね(笑)。
なので、3話では一層頑張って、皆さんの心を掻き乱す所存であります(笑)。
しっかし・・・太めだとか、ダイエットだとか・・・楓子ちゃんに嫌われないだろうな、僕・・・(汗)。
尚、文中にもある通り、メイの扱いに関しては気にしてはいけません。そ〜ゆう細かいことを気にする人には、楓子ちゃんに怒ってもらいます。
楓子「駄目だよ、そんなこと、気にしちゃ。作者の人が、困るから・・・ね?」
これでよし(笑)。
作者:柊雅史