『・・・じゃあ、今度の日曜日、ひびきの駅前で待ち合わせで良いかな?』
「うん! 忘れないで来てね、絶対だよ?」
『遅れずに行くよ。・・・あ、もうこんな時間だ・・・。じゃあ、また明日、部活でね』
「あ、ホントだぁ。じゃあまた明日、ね・・・?」
『うん、また明日!』
・・・・・・・・・・Pi。
ちょっとだけ名残惜しいけど、電話を切る。
ふぅ・・・と、自然と溜息が漏れた。
「あ〜あ、もうちょっとお話、してたかったなぁ〜」
彼との電話はホントに、時間が経つのが早くって。
神様が意地悪して、時間を早く進めてるんじゃないのかって、思うくらい。
11時を指している時計をちょっぴり睨んでおいて、わたしは机の上の卓上カレンダーを手に取った。
7月23日の日曜日を、いつもみたく赤いペンで、くるりってハートマークで囲う。
その下に、待ち合わせ時間と、場所。
自然、顔がほころぶのが分かった。
「えへへ〜、北条さんと海、かぁ・・・すっごく楽しみ〜」
カレンダーを持ったままベッドに寝転がって、いちにいさん、って日数を数えてみる。
あと、4日・・・今からすっごく、待ち遠しいな。
ひびきの高校は土曜日が休みじゃないから、23日は夏休みの始まりの日。
その日に北条さんと一緒にお出かけできるんだモン、きっとこの夏は良いこと、いっぱいあるよね!
・・・それに、ね。
わたしにとって、海ってちょっとだけ特別、なんだよね。
だって・・・一年前、初めて北条さんにお出かけ、っていうか・・・うん、一応、デート、だよね・・・誘われたのが、やっぱり海だったから。
あの時はまだ、同じ野球部の人で・・・ちょっとだけ、良いな、って思ってたけど・・・そんなに意識はしてなかったけど。
海に向かう電車の中で色々おしゃべりして、すっごく楽しい人だな、って思って。
そしたら、急に二人きりで出掛けるのが恥ずかしくなっちゃって。
最初は、北条さんの前に水着で出れなかったんだよね。
だって・・・わたしってちょっと、太めだったから。
でも北条さんは「そんなことない、可愛いよ」って言ってくれて。
すっごく恥ずかしかったけど、でも、やっぱり嬉しくて。
多分、そこから始まったんじゃないカナ?
この、心地良いドキドキは。
「・・・楓子ちゃん、そろそろお風呂、入っちゃいなさいー!」
「はーい!」
お母さんに呼ばれて、わたしは慌てて体を起こした。
いっけない、もう11時半を回っちゃってる!
明日も野球部の練習だし、朝練もあるし、もう寝なくっちゃ!
急いで着替えを持って浴室へ。のんびりする時間はないけど、明日も北条さんに会うんだモン、しっかり綺麗に洗わなくっちゃ、ね!
・・・うん、こんな感じ、カナ?
えへへ、残念でした、もう上がっちゃったモンね!
女の子のお風呂を覗くなんて、ダメなんだよ?
・・・さてと、体も拭いたし、パジャマを着て・・・っと。
そこで、ふと目に留まったのは・・・わたしの大嫌いな体重計。
大嫌いだから、あんまり乗らないんだけど・・・でも。
23日は北条さんと一緒に海に行く。
当然、水着にもなるわけだし・・・・・・。
う、う〜ん・・・どうしようっカナ・・・?
なんて、悩んでいる内に、そろそろと足が体重計にかかっていた。
・・・そして。
PiPiPiPiPi。
測定終了の音が鳴って。
わたしは表示された数字を・・・・・・見た。
「楓子ちゃん、まだ出ないの〜!」
お母さんの声にはっと我に返って、顔を上げる。
鏡に映ったわたしは・・・・・・目にいっぱいの涙を浮かべていた。
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をとめの戦い
<1:戦いのゴング!>
書き人:柊雅史
(注:季節外れでゴメンなさい!)
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後ろ手にドアを閉めて、わたしはその場にへなへなと沈み込んでしまった。
絶望的な心境で、でも、一縷の望みをかけて、洗面所から持って来た体重計を床に置く。
ごくり、って唾を飲み込んで、もう一度・・・神様に祈りながら、足を乗せる。
・・・・・・PiPiPiPiPi。
そしてまた、表示されたのは。
『(検閲)!kg』
「い、いやぁ〜ん、やっぱり、増えてるよぉ〜!」
うるうるうるって視界が歪む。
だって、だって!!
大好きだったケーキも、ポテトチップスも、アイスクリームも、全部全部、ず〜っと控えてたのに!
北条さんは可愛いって言ってくれたけど、やっぱり、綺麗になりたいから、ずっとずっと頑張ってたのに!
野球部のマネージャーとして、毎日毎日、いっぱい汗も掻いてるハズなのに!
なんで、なんでぇ!!
うぇ〜ん、これじゃあ北条さんだって、呆れちゃうよぉ。
北条さんに、嫌われちゃう!
そんなの、ヤダよぉ!!
・・・ガンガンって、体重計に八つ当たりしてから、ベッドに飛び込んで枕をぎゅって抱き締める。
涙で枕が濡れちゃったけど、そんなの、もうどうでも良いモン!
神様のいじわる、いじわる、いじわる、いじわる〜!
お正月に、もうちょっと痩せて綺麗になって、もっともっと北条さんと仲良くなれますようにって。
ちゃんとお願いしたのにぃ!
神様のバカバカバカバカバカバカぁ!
・・・・・・くすん。
しばらくそうやって、神様に文句を言ってたケド・・・。
でも・・・今更そんなこと言っても、仕方ない、よね・・・。
ごしごし、って涙を拭ってから、去年の夏、初めてのデートに着ていった、お気に入りのシャツとジーパンを引っ張り出す。
・・・は、入る、カナ・・・?
・・・・・・。
い、いやぁ〜ん! やっぱりキツイよぉ〜!!
なんとか着ることは出来たケド、去年よりも確実に小さく感じる。
シャツは胸のところとか、キツイし。
ズボンだって、腰の周りが去年よりぴっちりしちゃってる・・・。
い、イヤだけど、認めたくないケド・・・。
やっぱり・・・やっぱり・・・。
太っちゃったんだ・・・。
「わ、わたしのバカぁ〜! なんで、なんでこんな大事な時に太っちゃうのよぉ〜!」
ぺたん、って座り込んで、わたしはぽかぽかって、自分の頭を叩いた。
ふぇ〜ん、どうしよう〜!
せっかく北条さんが誘ってくれたのに、今更キャンセルなんて出来ないよぉ。
それに・・・それに。
絶対絶対、行きたいモン!
夏休みの最初で、初めて北条さんと出掛けた海だモン!
絶対絶対、行くんだモン!
決意を抱いて立ち上がり、わたしはルーズリーフに大きく、太いペンで書き込んだ。
『目標、3日で3kg!』
『去年の服を着れるようになる!』
机の前にルーズリーフをピンで留めて。
「絶対絶対、負けないモン!」
わたしは決意に拳を握った。
>つづく♪<
そんなわけで「をとめの戦い」1話です。
思い切り季節外れですね。すいません。
長いこと書こうと思っていたこのお話。でも夏まで待つべきか、と思い今まで書かなかったのですが。
思えば夏にこれを書く余裕があるかどうかも分からないし、ネタを覚えているかも怪しいところ。
それに書きたい時が書きどころ、というのが僕のモットーです。
なので、少々(かなり)季節を外していますが、夏を舞台にした「をとめの戦い」をお送りします。
今回は北条さんに登場してもらいました。いかがでしたでしょう? って、まだ全然ラブラブしてないケド・・・。
頑張って、「う、嬉しいぃ〜!」って絶叫してもらうようにします。出来るかな?
では、2話もよろしくです。
作者:柊雅史