街にクリスマスソングが流れ始める頃 町並みを赤と緑が飾り立てる。 いつの頃からだろう?この季節が嫌いになったのは? 恐らく小さな頃、保育園に通っていた時からだったと思う。 「サンタなんているもんか!」 祐一は同じ組の男の子に食ってかかった。 顔を紅潮させながら吐き捨てるように言い放つ。 周りにいた園児達が何事かと集まり始める。 言い争っているうち、祐一はその場にいた園児すべてを敵に回していた。 その騒ぎに先生が駆けつけ、騒ぎを収めようとする。 「はるかセンセ、祐一くんがサンタさんはいないって・・・」 一人の女の子が、泣きながら先生に訴えている。 遙は”やれやれ”と思いつつその女の子をなだめた。 保母さんになってまだ3年だが、毎年同じように"サンタクロースの存在"について否定する園児がいた。 そういった子供は大抵家庭の事情でクリスマスを祝えなかった。 祐一も母子家庭の上、母親が夜遅くまで働きに出ているという事情を遙は知っていた。 こういった子供は、結構頑固な子供が多く下手に刺激するととんでもない事を仕出かす事があると 遙は先輩の保母さんに教えられた事があり、慎重に祐一をなだめる事にした。 「祐一くん、どうしてそんな事言うのかな?」 遙は優しく問いただした。 「だって、見た事ないもん」 祐一はぶっきらぼうにそう言った。 ”サンタさんは良い子にしてないとこないんだよ〜” ”寝てるときにプレゼントくれるから会えないもん” 周りの園児達がまた騒ぎはじめた。 園児達をなだめながら遙は次の言葉を考えていた。 「はるか先生は見た事あるの?」 祐一は他の園児の言葉を無視して遥に尋ねた。 その真剣な目に遥は言葉がとっさに出てこなかった。 「しっかし、クリスマス嫌いの俺がよくこんな格好してるよな」 祐一はバイクに乗りながら独り言を言っている。 バイトの方針でこの時期はサンタクロースの格好に扮して宅配をしなければならなかった。 宅配ピザ独特のバイクに乗りながら、それでも暖かいからいいかと思っていた。 2、3日前までは寂しかった通りも電飾に飾り立てられ、煌びやかになっている。 いつも道を抜けると昔祐一が通っていた保育園にたどり着く。 バイクから降りると早速ピザを持って教室の中へ急ぐ。 そこには数人の保母さんがクリスマス用の飾り付けを行なっていた。 「HIBIKINOピザです」 祐一は中に入ってから保母さん達の方に向って声をかけた。 いくら呼んでも全く反応がない為仕方なく靴を脱いで中に入る事にした。 わいわいと何やらたのしげに話をしているらしくいくら声をかけてもまったく無視されていた。 祐一はそのうちの一人の肩を叩いた。 ようやく振り向き祐一の存在に気がついた。 「あら?もう来ていたんだ。」 「さっきから呼んだじゃないですか・・・・」 祐一は毎度の事ながらやれやれと思う。 ここの保母さん達は宅配ピザの常連で週末には必ずピザを注文していた。 「はい、三千六百円」 いつも同じメニューを頼む為値段を聞かずに代金を支払う。 祐一はピザを別の保母さんに手渡すとお金を受け取る。 「まいど」 不愛想にいうとすぐさまその場から立ち去る。 「うっ!」 祐一は後襟を引っ張られ思わず声を出した。 首を押さえ咳こみながら抗議の声をあげる。 「まあまあそんなに目くじらたてないでそれより今日こそ教えてもらうからね〜」 「しつこいですね、結城先生は・・・俺の事より自分の心配した・・・・・・」 ピコーン 祐一の言葉が終わらぬうちに僅かな衝撃と珍妙な音が祐一の言葉を遮った。 背後を見るとピコピコハンマーを持った女性が立っている。 その顔はテレビに出ているタレントよりはるかに美人でスタイルも抜群であった。 ミス日本コンテストに出たら必ず優勝できるのではと思わせる程である。 しかし着ているものがミスマッチだった。 フリルやリボンがたくさん付いたピンクハウス系のワンピースに花柄のエプロンをつけている。 もし背がセンチ低く顔だちも幼ければ良く似合っていたかもしれない。 「痛いなぁ姫宮先生」 祐一はたいして痛くなかったがとりあえず抗議した。 姫宮はしかめ面をして祐一を睨むとピコピコハンマーで指さした。 「沙也加を泣かせた」 振り向くと結城が半べそをかいていた。 あんたらは幼稚園児かと口には出さず思わず突っ込んでいた。 ハァー 祐一は小さくため息を吐くとその場にへたりこんだ。 結局 祐一は保母さん達に 好きな女の子はいないのか?とか タイプの女の子はとか? 保母さんの中で誰が好みのタイプなのか? 等 いろいろ追求されることになった。 解放されるまで30分はかかってしまった。 「どうせクリスマスイブは暇なんでしょ?保育園のパーティーに参加しない?」 結城先生が意地悪そうに祐一に聞いてみた。 「悪いですけど、クリスマスは大嫌いですから」 祐一は自分でも不機嫌な顔をしていることがわかった。 すると不意に袖を引っ張られる。 「これは何?」 姫宮は祐一がサンタの衣装を着ている事を突っ込んだ。 「これはバイトだから仕方なく着てるだけで・・・・」 あわてる祐一をしばらく保母さん達はからかっていたが、横から助け舟が入った。 「あんまりいたいけな高校をからかっちゃいけませんよ」 祐一の保育園の時の担任でもあり保育園の園長でもある遙が祐一をかばう。 遙は祐一の方に顔を向ける。 「祐一君バイトはいいのかしら?」 「えっまぁなるようになりますよ」 「じゃあちょっといいかしら?」 そういうと遙は祐一を応接室の方へと案内する。 廊下から教室を覗くと何人かの園児がまだ教室に残っていた。 おそらく、共働きの家庭の子供たちなのだろうと思いながら遙の後をついていく。 応接室に着くと遙は二人分のコーヒーを用意する。 「さっき保母さん達が言っていたかもしれないけどイブにバイトする気はないかしら?一人バイトの子を雇ったけどもう一人急に必要になっちゃって」 「仕事内容にもよりますけど・・・・」 祐一は遙からコーヒーをもらいながら答える。 「当日子供達にプレゼントを渡すサンタになって欲しい・・・・」 「帰ります」 手に持ったカップをテーブルに置くとすぐに立ち上がり部屋を出ようとする。 「ちょっと待って」 遙は祐一の後を慌てて追いかけた。 応接室と玄関の中ほどところで遙は祐一に追い付くことが出来た。 遙は祐一を肩を捕まえてその歩みを止める。 「遥先生は知ってるでしょ?俺のクリスマス嫌いは」 「子供じゃないんだからダダこねないで」 「俺未成年ですからまだ十分子供ですよ」 「素直じゃないと人生損するわよ」 「いいです」 2人が子供じみたやり取りを教室から一人の少女が顔をのぞかせた。 「あの眠っている子もいますからもう少し小さな声でお話していただけますか?」 「あらごめんなさいね美帆ちゃん」 美帆と呼ばれた少女は祐一の格好を見ると不思議そうの首を傾げた。 「サンタさん?」 遙は不思議そうに見回す美帆に祐一を紹介する。 「紹介が遅れたわね。こちらうちの卒園生で宅配ピザでバイト中のサンタクロースの相沢祐一くん」 何やら祐一が抗議するが聞かない振りをして遙は話を進める。 「こっちはバイトをお願いしている白雪美帆さん。そういえば二人ともひびきの高校じゃなかったかしら?学年は違うみたいだけど」 祐一が同じ高校の先輩だと聞いた美帆は緊張も溶け、改めて挨拶をする。 「そうなんですか?私は一年C組の白雪美帆です」 「俺はニ年D組の相沢祐一 よろしく白雪さん」 「こちらこそよろしくお願いします」 祐一と美帆はありきたりの挨拶をすませ、すっかり和んでしまった。 部活等の先輩後輩の間柄と違い異性の同級生といった雰囲気である。 「さて話がまとまった所でバイトの方お願いね」 遙はここぞとばかりに口を挟む。 美帆の後押しもあれば祐一にバイトを押し付けられるという算段があった。 祐一は保育園時代はクリスマス関係の事以外では聞き分けの良い子の部類にはいった。 学校の後輩の女の子の前で頼まれればおそらく断わることは出来ないだろう踏んでいた。 しかし遙の思惑はことごとく破られる。 「勝手に話をまとめないでください。」 美帆はそんな様子を黙って見ていたが次の一言を聞いた時思わず口を挟んでしまった。 「俺はサンタクロースなんて大嫌いなんですから」 「どうしてですか?」 「クリスマスにはいい思い出がなかったから自然と・・・・・」 「そうですか。でも今からでも良い思い出を作る事できると思いますよ。」 「そうだね」 配達に遅れた言い訳を考えながら外へ向う。 キッー 祐一がバイクに跨ると保育園の前の道で車が、けたたましい音をあげた。 何事かとバイクを走らせ急いで保育園の外にでる。 辺りを見回すと人が横断歩道の上に倒れていた。 急いでバイクを下り、倒れた人の側に駆け寄った。 「大丈夫ですか!」 祐一は声だけをかけて安否を気遣う。 見た所外傷は無いようだったがとりあえずその場から動かさず救急車を呼ぶのがベストだと判断した。 「今、救急車をよぶから」 ポケットから携帯電話を取りだしボタンを押そうとした。 「大丈夫ですよ」 先ほどまで動かないままだったが体を起こし声を掛けた。 祐一は手を止め顔をあげた。 見ると倒れていた人は腰に手を当てていた。 見るからに初老の男性は何処となく威厳を持った感じだったが別に威圧感はなく 人のよさそうな感じを覚えた。 「イタッタッタ」 無理に体を起こそうとして顔が歪む。 「無理しない方が良いですよ。どこかぶつけた所ありますか?」 「いや、単に転んだだけだから大丈夫だよ」 「転んだだけ?」 祐一は何が起こったのか聞いてみる事にした。 初老の男性は三田を名乗った。 実はここの保育園に孫が通っているのだが事情があり会うことが出来ないそうらしかった。 顔だけでもと思い、よく保育園を覗いているのだが祐一が中から出てきたことで 慌ててその場を立ち去ろうとした所、車がやってきて驚き転んでしまったそうだ。 とりあえず、車に引かれた訳ではなかったので一安心だったが腰を傷め見るから辛そうだった。 このまま放って置く訳には行かなかったので家まで送ることにした。 「ここです、ここです。」 老人の家は保育園から歩いて五分くらいの所にあった。 門構えは立派で見るからにお金持ちのような気がした。 お礼をしたいから家の中に入るように老人は薦めてくれたが祐一は断わろうとした。 老人の目をふとみると少し寂しげな感じがしたので思わず断わることが出来なくなっていた。 リビングに通されると老人がお茶を持ってきた。 先ほどまでは辛そうだったが今はそれなりに動くことが出来るようでホッとした。 祐一は体が冷えていたので出されたお茶をありがたく頂くことにする。 老人も祐一の前に座ってお茶をすする。 「あそこの保育園の方達とは親しいのかね?」 唐突に三田が話し掛けてきた。 「そうですね、よくピザの出前に行きますし・・・」 「そうかね・・・・」 三田は、何か思い付いたかのように頷いている。 祐一は黙ってお茶をすすりながら三田を見つめている。 「一つ頼まれてはくれんかね?」 「何ですか?」 「クリスマスイブに保育園でクリスマス会をやると思うんだがその時に孫にプレゼントを渡してくれんかね?」 「俺がですか?」 言っている意味はわかったが別に俺でなくても良いのでは?と祐一は思った。 別に保母さんに事情を話せば渡してくれるのではと思っていると 「さすがに孫の分だけ渡しては他の園児達に申し訳ないからね」 そう言われて祐一は納得した。 さすがに寄付とはいえ園児全員のプレゼントを受け取る訳には行かないだろう。 祐一が飛び入りでプレゼントを配ってしまえば子供たちから取り上げることも出来なくなる。 ”今からでも良い思い出を作る事できると思いますよ” あまり気乗りがしなかったがふと美帆の言葉が頭を過ぎる。 もしかしたら少しは、自分の中のクリスマスに対する思いを変える事が出来るのでは? そんな思いが祐一の頭を過ぎった。 クリスマスイブ当日 祐一はピザ屋のバイトを休んで三田の家へ向った。 バイト先には散々文句を言われたが年始年末に穴埋めをすることで事無きを得た。 三田に家に着くと家の中でバイト先からくすねたサンタの衣装に着替える。 プレゼントの入った袋を受け取ると早速保育園に向う。 「さてと・・・・」 バイクから袋を取り出し、つけ髭と眉毛をつける。 ミラーで直しながら帽子をかぶり、袋を担いでクリスマス会の教室へと向かう。 「メリークリスマス!」 ドアを開け声を低くして叫んだ。 部屋に入ると何事かと皆、阿然と祐一の方を見ていた。 祐一が”はずした?”と思った瞬間子供達から歓声が沸き起こった。 予想以上の反応に祐一の方が圧倒されてしまった。 保母さん達はようやく事態が飲み込めたらしく子供達をなだめようと必死である。 遥は祐一の傍に駆け寄り小声で呟く。 「随分気まぐれなサンタさんね?おまけに素直じゃないし」 遥はそう言って笑う。 しかし黙ってプレゼントを渡そうとした事については、あまり良い顔をしなかった。 遥に事情を話すと一応は納得してくれたらしく後で三田を連れて来ることを条件にプレゼントを配る事を許してくれた。 祐一は美帆の方を横目でちょっと見てみてみる。 顔はよく見えなかったが微笑んでいるようにみえた。 園児達の騒ぎも収まり遥がサンタさんからプレゼントがあると告げる。 祐一はプレゼントに書かれた名前を読み上げ、次々とプレゼントを渡す。 子供達はプレゼントを手にすると満面の笑みを浮かべ祐一に”ありがとう”とお礼を言った。 全員にプレゼントを配り終わると園児達にさよならを言って教室を出て行く。 遥と美帆もその後に続いた。 「クリスマスは嫌いじゃなかったのではないですか?」 そう祐一に聞いたのは遥ではなく美帆だった。 言葉とは裏腹に美帆の顔は嬉しそうだった。 「まぁ動機はともあれ、これで祐一君のクリスマス嫌いが治るといいわね」 美帆を横目で見ながら遥は笑いながら祐一をからかう。 祐一は顔を赤くしながら反論している。 そんな二人のやり取りを美帆はぼんやりとながめている。 保育園のクリスマス会も終わり遥との約束をはたす為、三田を呼びに行く事にする。 なぜか美帆も一緒に行きたいと言い出したので歩いて行く事になった。 三田の家に向うまで2人はまったく口を聞かなかった。 別に気まずい雰囲気があった訳ではなくただこれといって話題がなかったからである。 目的地に着くと祐一は呆然と立ち尽くした。 「・・・・・・・」 「どうされたんですか?」 美帆は立ち尽くしている祐一に声をかける。 「・・・・・無くなってる。」 「?」 ぽつりと漏らした祐一の呟きの意味が美帆にはわからなかった。 「家が無くなっている」 祐一はようやく落ち着いたのかはっきりした声で言った。 「お家がですか?・・・・本当にここですか?」 美帆は祐一が嘘をついているとは思っていなかったが一応聞いてみる。 「確かにここだったんだけど・・・・・・・・空き地だね」 「空き地ですね」 2人は枯れ草が生えている空き地の前でただ立ち尽くしていた。 しばらく二人とも何も言わずに空き地を眺めていたが、寒さが2人を現実に引き戻す。 「とりあえず戻りましょうか?」 美帆は祐一にそう提案する。 祐一もここに突っ立っていても仕方ないと思い保育園に戻ることにした。 「一体どういう事なんだろう?」 独り言のように祐一は呟いた。 確かにあの場所に家はあったのだが忽然と姿を消したしまった。 「その老人は本当のサンタさんだったのかも知れませんね?」 三田=サンタ 美帆は祐一が下らないと思っていた事を微笑みながら言う。 しかし美帆が言うと本当にそう思えてしまうのは彼女の人柄なんだろうと祐一は思った。 「そうかもしれないね。」 祐一は思わずそう答えてしまっていた。 「どうして相沢さんは”サンタさん”の役を引き受けたのですか?」 美帆が祐一に質問をしたが祐一は曖昧な事をいって誤魔化すだけだった。 さすがに美帆の言葉に動かされたというのは恥ずかしいと思っていた。 「クリスマスは好きになれましたか?」 「そうだね・・・・多分なれる気がする」 2人はいつもより華やかな並木道を保育園へと向って歩き出した。 保育園に着くと祐一は美帆に用事があるからこれで帰ると告げる。 遙には後から説明に行くと伝言を頼むと、美帆は頷いて保育園の中へ入っていった。 「さてと・・・」 祐一は携帯電話を取り出すと早速電話をかける。 あっ俺だけど・・・ そう怒るなって、俺が悪かったから・・・・ うん、反省してる。 で、今からどう? ・・・・ちょっといろいろあってね。 ・・・・じゃあ、いつものところで