真夏の青空へと舞い上がった白球は、彼女の心に応えるようにどこまでも飛び続けた。
湧き上る歓声。
いや・・・湧き上ったはずの歓声。
ひたすらに白球の行方を追った彼女の耳には、届かなかったけれど。
何者の干渉も受け付けない、白と青との静寂の世界の中で。
小さな白球は、スタンドの中段へと吸い込まれて行った。
彼女が描き続けて来た夢を。
彼女が抱き続けて来た思いを。
その白球は青空をキャンパスにして叶えてくれた。
彼女の夢と思いを。
彼は叶えてくれた。
未来の肖像
-----------------------------------------------------------------
「・・・なんだよ、それ! 急に何を言い出すんだよ!?」
ガチャン、とカップが音を立てる勢いで、綾野は立ち上がっていた。
何事か、と周囲が振り向くのに気付き、慌てて平静を装ってイスに腰を下ろすが、楓子を見る目は真剣だった。
「楓子・・・?」
「ゴメン、ね・・・。でも、決めたの。わたし・・・アメリカに行く・・・」
「だから、なんで急に!? せっかくこうして、会えるようになったのに!?」
悲痛な綾野の声に楓子の心がズキン、と痛んだ。
自分の決心は間違っていたんじゃないかと、何度も繰り返した問いが心を過ぎる。
綾野と楓子・・・高校を卒業して恋人同士になった二人だが、卒業以前は今よりも尚会うのに困難な状況にいた。
楓子の転校。それから1年以上の間、年に数回会えるだけで、電話での交流だけが続いた。
お互いに辛く寂しい想いに耐えた1年半。
そして卒業から半年、二人は毎日とは行かないまでも、週に1度は会えるようになった。
楓子は2流大学の文学部に進学。そして綾野はプロ野球の道に進んだ。現在はまだ2軍。遠征も少なく、管理も厳しくはない
チームに入団したので、こうして週末の練習後に楓子の大学の近くで待ち合わせる。
あるいは世間の同年代の恋人達よりも、置かれている立場は厳しいのかもしれない。
でもそれでも、半年前に比べれば幸せだった。幸せなはずだった。
少なくとも・・・綾野はそうだった。
「・・・・・・また、会えなくなるじゃないか・・・・・・」
ぽつりと、脱力したように綾野が言った。
「アメリカ、だって? 遠すぎるよ。遠すぎる・・・・・・」
大門高校とひびきの高校も遠かった。けれど、会おうと思えば会える距離だった。
でも日本とアメリカではそれすらもままならない。
年に1度・・・それすらも、約束はされない距離だ。
「・・・なんで、こんなに急に・・・。相談もしてくれないのかよ・・・」
だって・・・と、楓子は心の中で答える。
相談したら、きっと「行くな」って言われると思ったから。
そしてあなたにそう言われたら・・・行けなくなっちゃうから。
だから・・・相談出来なかった・・・。
だから・・・ゴメンなさい・・・。
そう謝る代わりに。
「・・・出発は来週の水曜日なの・・・」
「行けないよ。練習がある」
「うん、分かってる・・・」
こくん、と楓子は頷いた。
「分かってる・・・」
知っていて、選んだ日程だから。
「わ〜、これが武人くんのお家なんだ〜」
初めて綾野の家に上がった楓子は、壁に貼られたポスターや本棚に並べられた野球専門誌に目を輝かせた。
「ふふ、本当に野球が好きなんだね!」
「う、うん・・・まぁ、ね・・・」
「ねぇねぇ、武人くんはどこのファンなの? やっぱりシャイアンツ?」
「う〜ん、もちろん! って答えなくちゃいけないんだろうけど・・・」
ちょっと苦笑しながら武人は壁のポスターに目をやった。
「実はさ、俺、ニューヨーク・マッツのファンなんだ」
「マッツ?」
「うん、大リーグのね。まだ2軍のペーペーだけどさ、いつか1軍に上がって、活躍して・・・日本人初の、打者としての大リー
ガーになるのが夢なんだ」
「そうなんだ・・・」
「うん、でかすぎる夢だけどね」
「甲子園で優勝か・・・」
「うん! おっきな夢だけど、ね」
「・・・きっと叶うよ。うん。俺もさ、協力するよ。佐倉さんの夢が叶うように・・・」
「・・・大丈夫、きっと叶うと思うな」
「そ、そうかな・・・?」
「うん! だって・・・武人くん、わたしの夢、叶えてくれたもん。だから今度は武人くんが夢を叶える番! わたしも出来ること
でなんでも協力するから・・・ね?」
「うん・・・ありがとう、楓子・・・・・・」
日本を離れる時間が、刻一刻と近付いて来た。
腕時計の針が時を刻む度に、言いようのない不安が大きくなっていく。
一人で知らない土地へと旅立つ不安。
また綾野と離れ離れになる不安。
自分の決断は間違ってなかっただろうか?
このまま・・・このまま、彼に嫌われてしまったらどうしよう?
大丈夫だと、信じたい。
自分が彼をきっと好きでい続けるように。
彼にも自分を忘れないでいて欲しい。
だけど・・・やっぱり。
離れる辛さを知っているから、不安になる。
「・・・大丈夫・・・大丈夫、だよね?」
じわり、と滲む視界で、小さなマスコットを握る。
初めて彼とデートした時に、小物屋で買ったマスコット。
高校時代の寂しさを癒してくれた思い出の品。
・・・大丈夫、だよね・・・?
「楓子」
「!」
背中から掛けられた声に、楓子は弾かれたように振り向いた。
聞き慣れた優しい声。
そして滲む視界に浮かんだ、優しい笑み・・・。
「・・・武人、くん・・・? どう、して・・・?」
「休み、もらった。やっぱり・・・見送りくらいはしたかったから・・・」
照れたように笑い、綾野は楓子の頬を伝う滴を指先で拾った。
「・・・泣いてたの?」
「・・・泣いてなんてないモン・・・」
ごしごし、と涙を拭く楓子に綾野は微笑する。
変わらない・・・あの時と変わらない楓子に、あの時以上の愛おしさを感じる。
そっと・・・楓子を抱き寄せた。
「武人くん!?」
「俺さ・・・頑張るよ」
あの時は何も言えなくて、彼女を不安にさせてしまったから。
だから、今度はちゃんと言うつもりだった。
「頑張ってレギュラーになって・・・すっげー活躍する。日本一の打者になる」
「・・・・・・うん・・・・・・」
「それで・・・大リーガーになって、アメリカに行く」
「・・・・・・うん・・・・・・」
「だからその時は・・・・・・俺の通訳、やってくれよな?」
「・・・・・・うん!」
にっこりと笑った楓子の唇に。
温かく、綾野は触れた・・・・・・。
そして今度は彼の夢を描くために。
その手伝いを・・・ほんの小さな手伝いをするために。
彼女を乗せた白い飛行機は、秋の青空を高く高く上って行く。
彼の見上げる、青と白との静寂の世界の中で。
「未来」という二人の絵が、描かれ始める・・・・・・。
---------------------------------------------------------------------------------------------
*あとがき*
あうん、なんか短くて中途半端・・・。
え〜、ゲーム後を描いた初のSSです。またもや綾野さん、名前借りました〜。
今回も自分の名前でやるには恥ずかしすぎる内容でしたので。
卒業後、ということで、ちょっと楓子ちゃんが楓子ちゃんしてないかもしれません。
半年で変わり過ぎかな??
つ〜か単に上手く書けなかっただけなんだけどね(苦笑)。
とりあえずこんな内容なんで、最後に「FIN」は書きませんでした。書くなら「つづく」かな、やっぱり。(SSは続かないけど)
まぁ今後も時々気が向いたら、こ〜ゆう未来物も書こうと思います。
「やめい!」とか言われても書いちゃうと思う。我が侭だからね、僕。
では、これにて。
作者:柊雅史
---------------------------------------------------------------------------------------------
ときめきメモリアル2はコナミ・KCETの作品です。