今日、わたしは何から卒業するんだろうね・・・・・・?
春
Written By:Masashi Hiiragi
まるで心にぽっかり、穴が空いたみたい・・・。
「楓子ー! この後、お別れパーティーあるけど、行くぅ?」
「あ、うん! 行くよぉ!」
一緒に野球部のマネージャーをやっていた子が、野球部員の輪の中から誘ってくるのに、わたしは手を振って応えた。
泣いちゃっている子もいれば、元気に輪の中心にいる子もいる。
卒業。
あんまり実感、湧かないな。
わたしが転校生だから?
だから、なのかな?
中学の卒業の時も、小学校の卒業の時も。
なんだかぽっかり心に穴が空いたみたいで。
卒業式なんだよ、卒業なんだよ、って言われても、なんだかその言葉が心の表面を滑って行くような・・・・・・。
みんなが持ってる物の1ピースが、どこか欠けちゃっているカンジ。
だから、かな。
どこかみんなの輪に入れない自分がいる・・・・・・。
卒業って、なんなのかな?
何が足りないのかな・・・?
「佐倉くん?」
「きゃ!」
ぼんやりしていたわたしは、急に肩をポンと叩かれて、思わず小さな悲鳴を上げた。
びっくりして振り返って見ると・・・同じくらい驚いたような顔の飯塚くんが立っていた。
「ふぅ・・・なんだぁ、飯塚くんかぁ〜」
「はは・・・驚かせちゃったか。すまないねぇ」
クスリ、と笑って飯塚くんが言う。少し笑い方とかがキザっぽいのは飯塚くんのクセ。
ホントは不器用なんだけど、優しい人なんだよね。
「今さ、部員のみんなにそれぞれ、記念品を渡してたところなんだよ」
飯塚くんが言いながら、はいとラッピングされたノート大の袋を手渡してくる。
「なぁに、これ?」
「まぁ色々考えたんだけどね、佐倉くんにはやっぱりこれだろうな、と思ったわけさ」
パチンとウインクして、飯塚くんが笑う。開けて御覧、ってことなのかな。
わたしは丁寧に袋を開けてみた。
それはやっぱり、一冊のノートで。
でも、それを見た時に、わたしは思わず手を止めていた。
【甲子園決勝】
そう書かれたスコアブック。
「え・・・、これ・・・?」
「一番の思い出だろ?」
「・・・・・・う、うん・・・・・・」
大門高校が甲子園で準優勝した時のスコアブック。
でも、わたしにとっては・・・・・・。
「・・・・・・ありがとう、飯塚くん。すっごく、嬉しい・・・・・・」
ぎゅってスコアブックを抱き締めて、わたしはお礼を言った。
卒業って、なんなのかな・・・・・・?
なんとなく、部員達の輪を眺めながら、わたしは飯塚くんに問い掛けていた。
「卒業? 随分と哲学的なことを聞くね」
「え、そうかな・・・?」
「そうじゃないかい?」
「・・・・・・分かんない」
「分からないから哲学なのさ」
飯塚くんは笑って、多分ね・・・と言った。
「・・・卒業は、一つの区切りだと思うな」
「区切り?」
「そう。別れだとか言うけれど、別に明日だって佐倉くんには会えるだろ? 旅立ちだって言うけれど、明日は家でのんびり過ごすだろう? だから、別に大した意味はないんじゃないかな。ただ一つの区切り。よくある一つの、大事な区切りだよ」
「う、う〜ん・・・・・・よく分からないよぉ・・・・・・」
「そりゃあ、僕に聞いたって分からないさ」
飯塚くんが笑う。
「それぞれに、それぞれの区切りがあるんだからね。・・・・・・どんな明日にしたいのか、どんな昨日にしたいのか、それは人それぞれだから」
「どんな明日に、したいのか、かぁ・・・・・・」
まるで謎かけみたい。
わたしの問いに、答えてくれてるようで、応えてくれていない。
でも・・・・・・。
わたしはどんな明日にしたいのかな。
わたしはどんな昨日にしたいのかな。
今日を一つの大事な区切りにして。
「・・・・・・佐倉くんの一番大事なものは、ここにあるかい?」
「え?」
「一番大事なもの、だよ」
欠けたパズルの1ピース。
それがなくっちゃ明日という絵は描けなくて。
欠けたパズルの1ピース。
それがなくっちゃ昨日という絵は描けなくて。
昨日も一昨日もその前も。
明日も明後日もその先も。
それがなくっちゃ描けない、一番大事な欠けた1ピース。
どんな昨日と明日を描くとしても。
それがなくっちゃ描けない。
あ、だから、なんだね・・・・・・。
わたしがあの輪に入れない理由。
わたしのどこかに空いた穴。
卒業が心を滑るその理由。
「楓子ー! そろそろカラオケボックスに移動だよ〜!」
輪の中から声をかけてくる友達に、わたしは手を振って応えた。
「ごめーん! わたし、行くところできちゃったから!」
「えー!? 嘘でしょ!? どこよー!」
「一番大事な宝探し、だよ!」
・・・そして本当の卒業へ・・・