佐倉楓子さん誕生日記念SS
「ほのかな香りに誘われて…」
しんきろう 作
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「まもなくグラウンドにおきまして、ひびきの高校野球部対きらめき高校野球部の対抗試合を
行います。皆様、奮ってご観戦ください」
「よかった。間に合ったみたいね」
校内の各所に設けられたスピーカーから放送部による校内放送が流れてくる。楓子は、そのまま
グラウンドに向けて歩を進めた。グラウンドに着くと既にかなりの数の観客が周囲を埋めており、
この試合が注目されていることを裏付けていた。それもそのはずで両校共、過去に甲子園での優勝
経験もあり、この地区では強豪校の部類に入る。まだ、新しいチームに変わったばかりとはいえ、
将来プロでも通用する能力を秘めた選手も中にはいる。それを目当てに見に来る観客も少なくなかった。
楓子は、そんな観客に紛れながら、準備に追われる野球部員に気付かれないようベンチに近づいた。
「みんな、こんにちは」
選手のほとんどが初試合のためか、文化祭のイベント試合といえど和んだ雰囲気はまだなく、
ベンチの中は緊張感に満ちていた。が、そばでストレッチをしていた少年が楓子に気付き、
顔を上げると目を丸くして立ち上がった。
「あれ?あぁ、楓子ちゃ!…じゃない。マネージャー。久しぶり、どうしたの今日は?」
体格も良く、色黒く焼けた肌はいかにも高校球児を思わせた。試合前だというのにユニフォームは
まだ着ておらず、アンダーシャツのままだった。胸元に「空射」(そらい)と刺繍がしてある。
「どうしたのって、試合見に来たんだよ。新しいチームが、ちゃんとまとまってるかなって思って」
「あ、佐倉先輩!」
「先輩、お久しぶりです」
空射の声に気付き、二人の少女が楓子のそばに駆け寄ってきた。背格好や顔つきがよく似ている
双子の姉妹だったが、髪型がそれぞれ特徴的であったため見分けるのは容易だった。
「由美ちゃん、留美ちゃん。二人とも元気だった?マネージャーの仕事には、もう慣れた?」
「「はい!」」
ユニゾンのように重なった返事が、ベンチの中に気持ちよく響く。
「ごめんね、私が転校しちゃったから仕事もあまり教えられなくて」
「そんなの気にしないでください。それに前田先輩も時々ですが、見に来てくれますから」
「そっか、前田先輩も来てくれてるんだ…」
「もう、だから気にしないでくださいって。試合前にマネージャーが沈んだ顔を選手に見せるのは
ご法度だって教えてくれたの、先輩ですよ?」
「そう…だよね」
「「はい!」」
一瞬、暗い表情になった楓子だったが、すぐにそれを咎められた。二人は、つねに選手や周囲の事に
気遣い、選手が最高のコンディションでプレイできるようサポートしようとする姿勢が、楓子にも
よくわかり、少しだけ安心できた。
すると、楓子の背後から熊のようによく肥えた男がベンチに入ってきた。年の頃、50歳後半くらい
で無精ひげを蓄えている。一見するとどこにでも居る小太り爺さんであったが、その眼光はするどく
時には近寄りがたいモノを感じた。
「お、なんだ佐倉、来てたのか。堂々と敵情視察とは、なかなか大胆な奴だな」
監督と呼ばれた男は、よいしょっと掛け声一つ、ベンチに腰を下ろした。年期の入ったベンチが
少しだけ悲鳴を上げる。
「あ、監督。お久しぶりです。今日は、観客の一人として来たんですよ」
「そうかそうか。ま、それにしてもあんまり手の内は見せられないな」
「もう、監督もヒドイですぅ」
楓子や双子のマネージャーの笑い声がベンチの中に響くだけで、それまでの緊張に包まれた雰囲気が
一気に和んでいった。
「あれ、この帽子。コレって確か…」
楓子はふと、足下に転がる帽子に気付き、それを拾い上げた。見ると、内側の縁の部分に黄色いリボン
が縫い込まれている。楓子はコレに見覚えがあった。
「ねぇ、空射(そらい)くん、帽子落とさなかった?」
「あん?帽子なら…ほら、ココに」
そういって、空射は背中を見せた。つばを二つに折り曲げて、ユニフォームの腰のポケットのところに
帽子がささっている。ちらりと見えたが、縁の部分にはやはり黄色いリボンが縫い込まれていた。
「そっか。それじゃ、コレは綾野(あやの)君の帽子ね。えっと、綾野くんは…」
「綾野のヤツなら、もうすぐ来るんじゃないか?」
「どこか行ってるの?」
「いつものアレだよ」
空射は、しょうがない、と言いたげにふぅと小さなため息をついた。
「そういえば、アイツとはもう会った?」
「ううん、まだだよ。こっちに着いたらすぐここに来たから、まだ探してもいないよ」
「そっか。そうしたら悠長に試合を見てる暇も無いかもな」
「どうして?」
「アイツ、今日は試合には来られないらしいんだ。なんでもクラスの出し物と重なったとかで」
「そう…なんだ」
「詳しいことは綾野のヤツが知ってるはずだよ」
そのとき、部員の一人がもの凄い勢いでベンチに駆け込んできた。よほど慌てていたのか上着の
ボタンが一つ掛け違っている。マネージャーの一人がそれを指摘すると、急いでボタンをはめ直し
監督に向けて一礼した。
「遅くなって、すいませんっす」
「オイ、綾野。アイツがなんで今日部活に来れないのか、佐倉さんに話してやってくれないか?」
「何、かしこまってるんだよ、空射。それに楓子ちゃんなんて来てる訳な…!」
一瞬にして、動作が止まった。
「久しぶり、綾野君」
「か、か、かえで…じゃない、さ、佐々倉さんっ!」
あまりの緊張のあまり、声が裏返ってしまった。しかも、名前まで間違ってるし。
「なに興奮してんだ、綾野。下手に緊張してると、また試合中にトイレに駆け込むことになるぞ」
監督がすかさずツッコミを入れた。途端、ベンチの中が笑いに包まれる。この辺のムードメイクは
百戦錬磨の監督のなせる技なのだろう。
そんな中、空射が少しいらついた表情で綾野をせかした。
「なぁ、アイツが試合に来れない理由ってなんだよ。同じクラスなんだろ?」
「あぁ、それね。ウチのクラス、今年は仮装行列することになってさ。普通ならそんなモン
適当な理由つけて抜けられるじゃない。でも今年は、ただコスプレしてぞろぞろ歩くだけ
じゃつまらん、ってことになって演劇部の協力を得て、芝居仕立てにすることになったんだ。
それでアイツが、匠の陰謀にはまって主役に推薦されちゃって。アイツも試合があるからって
必死に断ったんだけど匠の根回しの方が上回っててさ。クラスの7割以上のヤツから指名が
かかっちゃったら、覆しようがないだろ?そんなこんなで、ここ最近もロクに練習に出られず
今日も試合に来られないってわけ」
「そ、そうなんだ…」
訳を聞き少し残念に思った楓子だが、ついさっきマネージャーから注意されたことを思い出し、
すぐに他の用件に話題を切り替えた。
「あ、そうだ綾野くん。帽子落としたでしょ?はい、コレ」
「え?あ、あれ?あ、ありがとう!佐倉さん」
よほど見られたくなかったのか、渡された帽子を目深にかぶって表情を隠した。が、緊張のあまり
トイレ!と一言叫んで、またベンチを出ていってしまった。
「こりゃ、こいつは今日は使えんな…」
「すいません、監督…」
「いや、佐倉のせいじゃないって。コイツの努力が足りないだけだ」
「只今より、ひびきの高校野球部対きらめき高校野球部の対抗試合を行います…」
すっかり和んだベンチにも聞こえるように、放送部のアナウンスが流れてくると観客席から歓声が上がった。
「それじゃ、部外者はそろそろお暇(いとま)しようかな。あ、そうだ。良い機会だから
スコアブックの付け方教えてあげるね。由美ちゃんでも留美ちゃんでも、どっちか手が空いてる?」
「「はい!」」
その後、しばらくの間、双子の姉妹による睨み合いが続いたのは言うまでもない。
夕刻。空は燃えるように赤く染め上げられていた。東の方を見れば、紫から淡い紺色へと変わり、
夜がそこまで来ていることを告げている。手元の時計を見ると4時を少し回っていた。
(結局、来なかったね…)
「お待たせ。さぁ、帰ろっか?」
椛も来て間もないのか、時間に遅れた楓子を責めることもなく訊いてきた。
『あ、楓子。カレには会えたの?』
「ううん。結局、会えなかった」
試合の方がことのほか長引いてしまったため、気付くとカレを捜す時間が無くなってしまった。
『じゃ、どうして?せっかくここまで来たんだし、会ってこなきゃ意味無いじゃない』
「もう、いいの。文化祭も十分楽しめたし」
『イイ訳ないでしょ。何のためにここまで来たの?カレに会うためでしょう。カレと一緒に
また楽しい思い出を作るためにここまで来たんでしょ?』
「ホントに、もういいの!」
楓子は、自身も考えていなかったほど大きな声で、叫んでしまった。あまりに突飛な自分の行動に戸惑い、
顔を俯けてしまう。椛の方も今まで見たこともない楓子の様子に一瞬驚いたが、すぐに真剣な表情に戻る。
「やっぱり、会えないよ…今、カレに会ったらまた別れが辛くなるよ…」
『楓子は、ホントにそれでいいの?もしも、たった今から金輪際、カレに会えなくなったとしても
絶対後悔しないって言い切れる?』
「そんなの極論でしょう?」
反論しようと顔を上げて椛の顔を見つめた。が、楓子の瞳の奥を見透かすようにじっと見つめ返す
椛の視線を浴び、言葉が続かなかった。
『でも、私の知ってる楓子は、こんな事で諦めるコじゃなかったよ。もっと前向きでポジティブで。
ちょっとドジなところもあるけど、でも、今の自分に出来る精一杯なことはどんな事か、一生懸命考えて
一生懸命行動して、目の前にある問題を乗り越えようって頑張ってた。今の楓子は…、なんか変だよ』
「そんなこと、椛に言われなくても解ってる。カレに会いたいって気持ちはすごく強いのに、何かが
それを押し留めようとしてるの。最初はどうしてだか解らなかったけど、ここに来てこの校門から
校舎を眺めてみてようやく解ったの。私、傷つくことが怖いんだって。もう2度とあの時みたいな
悲しみを背負いたくないんだって。あんなに傷つくくらいなら、会わない方がイイんじゃないかって…」
『別れが辛いからっていうだけで会う事を諦められるの?あなたのカレを想う気持ちってそんなに薄っぺらいモノだったの?』
「違う!そんなこと無いモン!私、カレのことすごく大切に思ってるモン!でも…でも、その先に自分が
傷つくってことが解っていながら前に進むなんて事、やっぱりできないよ。私、そんなに強くないモン!
こんな気持ち、椛なんかに…カメ子なんかに解らないよ!」
言ってから、しまったと思った。こんな事を言うつもりはなかった。ただ、触れられたくないことだった。
時間と共に、風化するまでそっとしておいて欲しかった。
(ほんとに、それでいいの?それがワタシの本心なの?)
ふと、楓子の頭の中で声が聞こえた。いや、実際誰かに耳元で囁かれたのかもしれない。しかし、今は
それが何なのか確かめるより先に、何か声に出さなければイケナイと思った。が、声にならない。
「ごめん…なさい」
ようやくそれだけを口にすることが出来た。
遠くで後夜祭に興じる生徒達の歓声が聞こえてくる。空の半分は、夕焼けの赤から夜の濃紺へと取って
代わろうとしていた。少し風が出てきたのか、二人の髪を乱していく。
『確かに別れって辛い事なんだと思う。私はカメだからヒトの気持ちなんか完全には理解できないけど、楓子の
身体に残った わずかな記憶をたぐり寄せれば、少しはその気持ちがどんなものか考えることはできるよ』
椛は気にしていないという風に、軽くかぶりを振ってから言葉を続けた。
『だから聞いて。確かに人と別れる事っては辛いよ、悲しいよ。でも、それって、それだけその人のことが
好きだっていう証しじゃない?』
「あ」
『その人と出会えたことが嬉しくて、その人と一緒に過ごせた時間が楽しくて…。だから、その人と離れ離れに
なるのが辛くなるんでしょ?でもね、その辛さから逃げてばかりじゃいけないと思う。ちゃんと真正面から
立ち向かって、それを乗り越えていかなきゃいけないと思う。そうでないと、次に会ったときに嬉しいって
思えないじゃない。それに、別れが辛いからって逃げてばかりいたら孤独(ひとり)になっちゃうよ…。
そんなの……悲しいよ』
椛はわずかに目をそらした。しかしそれも一瞬で、またすぐに楓子の瞳を見つめた。
『私ね、楓子と出会えてホントに嬉しかったよ。夏祭りのときに、カレからプレゼントって事で渡された時から
楓子は一生懸命世話してくれたよね。学校で楽しい事や嬉しい事があれば話してくれたよね。花火大会の日に
カレに転校することをちゃんと伝えられなくて悲しいって話してくれたよね。あの時、私はまだカメだったから
どうして楓子が泣いてたのか理由はわからなかったけど、何かあるごとに私に話し掛けてくれてたのがスゴク
嬉しかった。私をまるで家族の一員のように接してくれたことに、ホント感謝してるんだよ』
椛の瞳がうっすらと潤んでくるのが、楓子にもわかった。
『もうすぐ私は元の姿に戻っちゃうけど…』
「あ…」
『そうしたら、ほとんどの記憶は無くなると思うの。カメの脳ミソなんてこれっぽっちしかないしね』
そう言って、小指の先を親指でつまむようにしておどけてみせる。
『でも、楓子に会えた事は絶対に忘れないよ。楓子と同じ姿になれて、楓子と同じ視点でモノが見られて、
楓子と一緒におしゃべりができて、楓子と一緒に文化祭に来ることができて。みんなすっごく楽しかった。
すっごく嬉しかった。だから、楓子と会えた事はどんな事があっても絶対に忘れないよ。だって、私は
楓子のこと大好きだモン』
「椛…」
『それに…これが今生(こんじょう)の別れって訳でもないじゃない。これからも一緒に居る事ができる
でしょ?ね、ご主人様?』
「…うん、もちろん」
既に楓子の目には、何もかもが歪んで見えた。椛の問いにうなずくとそのまま俯いてしまった。
『だから、私は悲しくなんかないよ。記憶が無くなっても頑張っていけるよ。だから楓子も頑張ろうよ、ね!』
「うん、わかった…」
『うん』
楓子の返事を聞くと、椛は空を見上げた。そのとき、あふれ出た涙が最後の夕日を浴びてきらりと光って
地面を濡らした。
ふいに、視界の隅に何かが動いた様な気がした。椛が視線を移すと、教室の窓辺に見知った人影がこちらを
見ている。楓子に気付かれないように小さく手を振ると、その少年は転げるようにして窓辺から離れた。
『王子様のご登場か…』
ぽつりとそう呟くと、軽く目をこすり、楓子の顔を覗いた。
『ほぅら、いつまで泣いてんの。可愛い顔が台無しでしょ。久々にカレに会うんだから、とびっきりの笑顔で
出迎えてあげないと』
「あ、うん、そうだよね」
椛は、ポケットからハンカチを取り出して楓子に渡してやった。そして、そのままその場を離れるように歩き始めた。
『それじゃ、あとはしっかり頑張って。私は、ちょっと寄るところがあるから先に行ってるね。帰りのバスの
時間までには戻ってくるから』
「あ、椛…」
楓子は、その後を追おうとしたが校門の向こう、昇降口の入り口から勢いよく飛び出してきた少年が声をかけると
その場を離れることは出来なかった。
「えへへ。来ちゃった…」
ひびきの駅、バスターミナルの片隅。一人の少年が時計を気にしながら、周囲を見回していた。楓子はそこから
少し離れた公衆電話で家に連絡を入れていた。
「あ、お母さん?…うん、今ひびきの駅にいるの。…ごめんなさい。…うん、8時の出発だからそっちに着くのは
かなり遅い時間になると思う。…はぁい、わかりました。先に寝てていいからね…うん、それじゃ」
「どう?家には連絡ついた?」
「うん、やっぱり怒られちゃった。でもね、あなたに会いに行ってたって言ったら、最後には許してもらえたよ」
「そ、そう……」
カレは、恥ずかしさのあまり頭を掻きながらそっぽを向いてしまった。そんなやりとりをしている二人の方へ
歩いてくる人影があった。
「あの、すみません」
「あ、白雪さん」
最初にそれに気付いたのは、カレの方であった。
「あれ、白雪さんとは知り合い?」
「う、うん。ちょっとね…」
「お二人の貴重な時間をお邪魔しちゃってごめんなさい」
「そ、そんなお邪魔だなんて…それで、どうしたの?」
二人で居るところを目撃されただけでも恥ずかしかったが、それをズバリと指摘されて尚のこと恥ずかしい
気持ちがこみ上げ、楓子は少し顔を赤らめながら訊いた。
「ええ、実はお二人にちょっとお願いがありまして」
「あ、もしかして…アレ?」
「はい、アレです」
カレは何やら事情を知っているらしく、美帆と目配せで会話を交わしていた。楓子は意味が分からないといった
ように小首を傾げながらその様子をを見ていた。
「こちらなんですが…」
美帆が差し出したソレは、楓子も目にしたことがあった。引っ越す直前に美帆から貰ったアロマオイルの入った
小瓶だった。
「その瓶の蓋を開けて、中に優しくふぅーっと息を吹きかけて下さい」
「コレを贈る相手のことを強く思いながらやるのがポイントだよ」
カレが補足するようにアドバイスをすると、まだ封がされていない小瓶のふたを開け、ふーっと息をかけた。
そして、瓶の中に込めた願いが外に逃げ出さないようにするかの如く、急いで蓋をして美帆に手渡した。
「さ。佐倉さんもお願いします」
楓子もそれを真似るようにして息を吹きかけると、一度それを美帆に返した。
「ありがとうございます」
美帆は、受け取った二つの小瓶の封をした後、両手で握りしめ胸元に持ってくると、目を閉じて何やら呪文らしき
言葉を小声で唱え始めた。それは、しばらくの間続いていたが、やがて詠唱が止み、美帆はいつもの笑顔に戻った。
「はい、ではこちらはアナタに。そしてこっちは佐倉さんに」
と言って、クリアピンクの小瓶をカレに、もう一つを楓子に差し出した。
「あれ?色が逆なんじゃないの?」
「いいえ、これでいいんですよ」
意味ありげに微笑む美帆。
「だって先日、誕生日を迎えられたんですよね?」
そう言うと、美帆は楓子に軽くウィンクをした。
「あーっ、いっけなーい!」
突然、楓子が叫んだ。
「何、どうしたの?」
「誕生日のこと、すっかり忘れてた。プレゼントも用意してないし。ホントにゴメンナサイ」
「いや、イイって別に。気にしてないよ」
「そうですよ。それにこちらも多分、忘れているでしょうし」
「「え?」」
二人同時に美帆の顔を見る。その後、カレは必死に何かを思い出そうと空を仰ぎ、楓子はその様子をじっと
見つめていた。が、結局思い当たるフシがなかったのか、助けを乞う視線を美帆に投げかけた。
「11月14日。佐倉さんの誕生日ですよね」
そう言って、再び悪戯っぽく楓子に微笑んだ。カレの方はと言えば、血の気が引く音が聞こえそうなほど
顔色が見る間に変わっていった。
「あーっ、ひっどーい!もしかして私の誕生日、忘れてたの?」
「…ごめん」
「ふふふ。ですからソレを。私には、こんな事くらいしかできませんけど」
「ありがとう、白雪さん」
「まいったな。サンキュ、白雪さん」
そして二人は、改めて向き直り小瓶を差し出した。
「ちょっと遅くなっちゃったけど、ハッピーバスデー、おめでとう」
「それじゃ、こっちも。チョット早いけど、誕生日おめでとう」
そうして、乾杯をするかのように差し出した小瓶をチンと鳴らしたあと、お互いに交換しあった。
「白雪さん、ホントにありがとうね」
「いえ、いいんですよ。それと、佐倉さんにはコレも」
差し出されたのは小さな白い箱だった。中には、なにやら生き物が入っているようで、カサコソと
音を立てている。楓子は、空気を入れ替えるために開けられた穴から中を覗いてみた。
「あ、椛!」
「もみじ?」
「うん、ほら夏祭りの時にプレゼントして貰ったカメだよ」
「あぁ、カメ子ね」
「今は違うよ。椛って名付けたの」
「へえ、随分洒落た名前だね。でも、楓子に対して椛子っていう名前にしなかったの?」
「うん、ホントはそうしたかったんだけどね。本人が絶対にイヤだって…」
「本人?」
「あ、ううん、何でもない、なんでもない。気にしないで」
貼り付いた笑顔でいやに大きく話を誤魔化そうとする楓子。それを見て頭に?を浮かべて
いるカレ。そんな二人のやり取りを微笑ましく見ながら、美帆が切り出した。
「それでは、私はこの辺で失礼しますね。あまり長居してお邪魔しても悪いですし」
「そ、そんな…」
「白雪さんも冗談キツイなぁ」
美帆にはまるで茶化す気などないのだが、二人の照れた姿を見ていると自然に笑みがこぼれた。
「それじゃ、白雪さん。またね」
「はい、佐倉さんもお元気で」
「うん」
最後の夏休みの日と同じく、そこに悲しい雰囲気はなかった。美帆は二人を振り返ることなく
その場を後にした。ほのかなローズマリーの香りを残して…。
「もうすぐバスが発車します。ご利用のお客様は、ご乗車になってお待ちください」
別れを惜しむ恋人達を急かすように、バスの乗務員が無遠慮にアナウンスした。楓子は、
バスに乗り込み自分の席まで来ると、窓を開けてひょっこり顔を出した。
「手紙、すぐ書くよ。あ、それとも携帯の方にメールする方がいいかな」
「どっちでもいいよ。私もパソコン勉強して早くインターネットできるようにするね」
「まもなくバスが発車します。お見送りの方は、危険ですのでバスより離れてお待ちください」
バスのエンジンが掛かり、少しだけ互いの声が聞きづらくなる。
「また、電話してもいいかな?」
「うん、いつでも掛けてきて。楽しみにしてるから」
カレがバスから離れるように、2、3歩後ずさった。
「部活、頑張ってね。レギュラー、絶対取ってね」
「ああ、約束する。そっちも、甲子園まで勝ち上がって来れるように選手を支えてやってね」
「いいの?そんな敵に塩を送るようなこと言って」
「ちょっとやそっとのことじゃ負けないくらい強いチームになってるから、大丈夫だって」
「その言葉、忘れないよ」
軽くクラクションを鳴らし、バスがゆっくりと走り出す。
「それじゃぁね」
「あぁ、またね!」
バスは大通りに向け、ターミナルを出ようとしていた。楓子は、窓から身体を乗り出し大きく手を振った。
「うん、また絶対に会おうねー、柊くん!」
家の玄関の扉が勢いよく閉められると、軽快な足取りで楓子が部屋に飛び込んできた。
「ねぇねぇ聞いて、椛。今日ね、カレから手紙が来たの♪」
そういって、水槽の中でのんびり日向ぼっこをしていた椛に向かってペパーミントグリーンの封筒を
見せつけた。が、椛はそんな飼い主の気持ちなどお構いなしに、餌を与えよとばかりに前足をかき始める。
「もぉ、椛ってホントに食い意地張ってるよね」
そう言いながらも笑顔が絶えない楓子は、着替えを手早く済ませてキッチンの方へ向かった。
「はい、今日はすっごく嬉しいことがあったから特別メニューだよ」
部屋に戻ってくると、そのまま椛に餌を与え始める。が、指を入れたところで…
カプッ
気付くと指先に椛がぶら下がっていた。本気で噛みついていないとはいえ、やはりそれなりに痛かった。
「椛……あなた、やっぱりカメ子に降格ぅ」
秋もだいぶ深まり、通り向こうの公園のイチョウ並木もすっかり色気づき、老夫婦が銀杏
拾いに興じている。空を見上げれば、晴れ渡っていたが真夏の抜けるようなソレとは違う
色合いをしていた。じっとしていると肌寒く感じることさえある風が、ほのかに香ばしい
匂いを運んでくると共に、冬の訪れを伝えるアノ声が聞こえてきた。
「おいしぃ、おいしいお芋だよ。やっきイモぉ〜♪」
しばらくして一人の少女が家の陰から勢いよく飛び出してきた。が、通りに出るところの
段差を踏み外し、顔から見事にべちっと倒れこんだ。数秒の間、動くことはなかったが、
やがてゆっくりと立ち上がると服についた埃を払い、脱げ掛けた靴を片足でぴょんぴょん
飛び跳ねながら履くと、一目散に声のする方へ走っていった。
傾いた夕日は楓子の部屋にも優しく差し込み、ベッドにもたれ掛かるようにして眠る楓子の
頬を紅く染め上げる。
その窓際には、クリアピンクの小瓶と主のいなくなった水槽が、ほのかなローズマリーの
香りを漂わせていた。
<
Fin >
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【 あとがき & ご挨拶 】
はい。ここまでおつき合い下さいまして、本当にありがとうございました。<(_
_)>
あ、申し遅れました。私、白雪姉妹FC「ふぇありーている」の しんきろう と申します。
まづは・・・
佐倉さん誕生日おめでとうございますぅ!! 〇(≧▽≦)〇
えと、誕生日記念ということで、初めてSSなるモノを書かせて頂きました。ま、日頃から
妄想癖の激しいところがあるので、すぐネタが思い浮かんだはいいものの文才に乏しいため
気の赴くままに書き連ねていきましたら、このようなとんでもないSS(?)となり果てて
しまいました。駄文ばかりですね。つくづく自らの読書量の少なさを痛感致しました(^^ゞ
ま、初めての作品(←と呼べるのか?)ということで、その辺はご容赦下さいませ。
また途中、けったいな日本語を使っているところもございましたが、その辺の苦情等も
含めまして(滝汗)感想など戴けましたら、本人、死ぬほど喜ぶと思います。
それでは、次回…はたぶん遙か先になると思いますが(曝)お目にかかれる日を夢見つつ。。。
2000.11.6 閑古鳥鳴く仕事場にて(ぉひ
白雪姉妹FC「ふぇありーている」
しんきろう