このお話を、楓子ちゃんと全ての子供達へ・・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
最初のプレゼント
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ファインダー越しに見る紅葉した山々は、彼の写真家魂を刺激するには十分すぎるほど美しく燃えていた。

「・・・・・・う〜ん、良いねぇ! これでこそ、無理言って有給取った甲斐があったってもんだよな!」

ひとしきりシャッターを押した彼は満足げに頷くと、愛機の一眼レフを優しく撫でる。

写真家魂・・・と言ったが、残念なことに彼は写真家の道を数年前に断念していた。今は都内の銀行に勤めるサラリーマンである。

けれど季節の折々に、こうして休暇を取って自然をレンズ越しに眺めると、忘れかけていた情熱が再燃してくるようだった。

「やっぱり自然は良いよな・・・こうしていると、普段の喧燥がまるで嘘みたいだよ・・・・・・」

彼は一つ大きな伸びをすると、雄大な光景への未練を引きずりつつも、次の撮影ポイントへ向かうべく歩き始めた。

季節は秋の只中。

散る間際に一際美しく、赤く燃える山々は、四六時中彼の感性を揺さぶってくる。

遠景も、近景も・・・・・・眼前に散る紅葉の一枚一枚でさえ、写真に収めなくてはもったいなくなって来る。

幸い貧乏学生だった頃とは違って、フィルム代と食事代を天秤にかけなくてはならないような状況ではなくなった。

彼はゆっくりと、左右を楓に挟まれた林道を歩きながら、心に留まった風景を写真に収めて行く。

余りにも美しい風景に夢中になっていたからだろうか。

ファインダーを覗きながら歩いていた彼は、林道に転がっていた拳大の石に気付くこともなく前進し。

そして・・・・・・。

「・・・・・・うわっ!」

石に躓いた彼は、ガクッとバランスを崩して転んでしまう。

「・・・・・・っつぅ・・・・・・! って、カメラカメラっ!!」

幸い楓のクッションが彼を受け止めてくれたお陰で、衝撃そのものはそれほどでもなかった。一瞬痛みに顔をしかめた彼だが、慌てて地面に転がった愛機を拾い上げる。

「くそ・・・壊れてないだろうな!? 頼むよ、給料2ヶ月分もしたんだぞ!!」

焦りながら、彼は手慣れた手付きでカメラが壊れていないかチェックをする。レンズをじっくり見、ファインダーを覗き、ピントが狂っていないかどうかを確かめ、試しにシャッターを落して動作を確認する。

どうやらどこも壊れていないと知って、彼はほぅと安堵の息を吐き、その場にぺたんと腰を下ろした。

「ふぅ・・・・・・、良かった! なんともなっていないや!」

「・・・・・・クスクスクス・・・・・・」

安心して脱力したように座り込んだ彼だが、ふと小さな笑い声が聞こえることに気がついた。

誰だろう・・・・・・そう思って振り向いた彼の目に、その笑い声の主が映る。

「・・・・・・クスクスクス・・・・・・」

おかしそうに体を軽く曲げながら笑っていたのは、一人の少女だった。

冬用の制服に身を包み、革の鞄を片手に持って。もう一方の手は、込み上げてくる笑いを必死に抑えるように口元を隠している。

短く切り揃えられた髪が風に揺られてふわりと膨らみ、まるでそこだけが明るく輝いているような錯覚を覚える。

・・・・・・それは多分に、少女の屈託のない笑み・・・・・・楽しそうに笑う目の輝きのためだっただろう。

振り返った彼は、しばし呆然と笑い続ける少女を見上げていた。

いや・・・・・・見とれていた、と言った方が正しいかもしれない。

ざわざわと風にざわめき、ゆっくりと舞い落ちる紅葉が生んだ不思議な雰囲気のせいかもしれない。

ひどく幻想的で、非現実的な、時の止まったかのような世界。

舞い落ちる紅葉の中で、クスクスと笑い続けるその少女は、まるでその世界に住まう人ではない存在・・・・・・妖精か何かのように、彼には見えた。

永遠にも思える一瞬・・・・・・あるいは一瞬に思える永遠の空虚の後に、彼は自分の手の中にある愛機の存在を思い出した。

 パシャッ!

反射的に、彼はレンズを少女の笑顔に向けてシャッターを切っていた。

その音に、少女はびっくりしたように笑うのを止める。
 
そして彼自身もまた、自分の行動に驚いたように動きを止めていた。

何故と言って・・・彼は学生時代から風景写真を専門に撮り続けていて。人物写真など、お義理のスナップ写真くらいしか撮ったことがなかったから。

思わずシャッターを落としてしまうような人物に、会ったことがなかったから。

だから、自分の行動に、少女と同じくらい面食らった面持ちになっていた。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

しばし、二人はポカンとした顔でお互いを見詰めていた。

少女はいきなり写真を撮られたことに、訳が分からない様子と、若干の不信感を表情に浮かべて。

彼はともすれば消えてしまいそうな程に幻想的な少女の姿が、未だにそこにあることを不思議に思って。

・・・・・・そして、先に我を取り戻したのは、彼の方だった。

「あ・・・・・・、ご、ゴメン!」

慌てて立ち上がり、彼は顔を真っ赤にして頭を下げる。

「そ、その・・・・・・いきなり、写真なんて撮っちゃって! その、思わず、シャッターを切ってたんだ! き、君があんまり、綺麗だったから!」

焦ったように早口に言う彼に、少女はぱちくりと目を瞬いた。

その動作の一つ一つが、なぜだろう、彼の動悸を落ち着かないものに変えていく。

「あ・・・・・・い、いや、違うんだ。いや、違わないけど・・・っていうのは、その、綺麗だって言うのはホントのことで。・・・あ、でも、別にナンパだとかそんなんじゃなく・・・・・・!」

何かを言えば言うほど、ドツボに落ち込んでいくような気がして、彼はきまりわるげな笑みを浮かべて頭を掻いた。

「あ〜・・・・・・その、とにかく、ゴメン。不躾だった。失礼だった!」

もう一度、頭を下げる彼に、ようやく少女の目元が柔らかくなった。

「クスクス・・・・・・良いですよ、別に。ちょっとびっくりしちゃっただけだから」

「そ、そう・・・?」

「ウン! それに、わたしもさっき、あなたのこと笑っちゃったモンね? お互い様、だよ?」

にっこりと笑って、少女は言った。どこか子供っぽい言葉遣いだが、なぜだか違和感を感じない。

「良かった・・・・・・気を悪くしちゃったかと思って。ホント、思わずシャッターを切ってたんだ」

「ウン、分かってるよ。だってあなた、全然足元の石にも気付かないで、転んでたもんね? わたし、びっくりしちゃった」

「いや、あれは・・・・・・ちょっと集中しちゃってね」

「すっごく真剣な顔、してたもんね。それを笑っちゃったんだもん、だからこれでおあいこ! それに・・・・・・えへへ、綺麗って言ってくれたから、許してあげる!」

明るく、けれどほんのりと照れたように頬を染めて言う少女に、彼もまたついさっき口にした言葉を思い浮かべて赤面する。

『君があんまり、綺麗だったから!』

そんなセリフ、一度も言ったことはない。というよりも、普段は照れて言えない言葉だ。

けれど、それが一番正しいセリフだと、少女を初めに見た感覚を思い浮かべて、彼は思った。

「・・・・・・あのぉ〜、もしかして写真家さんとかですか?」

お互いのギクシャクした雰囲気が僅かに薄まると、少女が好奇心いっぱいの目で問い掛けて来た。

「いや、ただの趣味だよ。大学生の頃には、目指してもいたけどね」

「ふ〜ん。いっつもあんな風なの?」

「あんな風?」

「転んじゃったり・・・・・・人を急に撮っちゃったり?」

「ああ・・・・・・、転ぶのはしょっちゅう、かな。はは・・・ファインダーを覗いてるとね、ついつい他に気が回らなくなっちゃうんだよ。でも、急に人を撮ったりはしないよ、今回が初めてだ。・・・というか、ホントは風景専門なんだよ」

「ふ〜ん、そうなんだ?」

「だからさ、どうして君を撮っちゃったんだろうって、僕も驚いたよ。・・・・・・でも、うん。今ならなんとなく、分かるかな?」

「え?」

軽く首を傾げる少女に、彼はちょっと笑みを浮かべて後ろに下がり・・・・・・ファインダーを覗いた。

舞い落ちる紅葉の中に溶け込むように佇む少女。

「・・・・・・うん、まるで絵画みたいだ・・・・・・」

「絵画?」

「良く出来た写真はね、『絵のように見える』って言うんだ。・・・・・・写真のような絵は余り誉め言葉じゃない場合が多いけど、その逆は最大の賛美じゃないかな? ・・・・・・僕の個人的な見解だけど」

「ふ〜ん・・・・・・わたしには、分からないな・・・・・・」

「要は風景に溶け込んでいるって言うのかな・・・・・・。そこにあるのが当然のような、そんな感じなんだけど・・・・・・」

「う〜ん・・・・・・わたし、ここの道が大好きだから、かな?」

「あ、そうかもしれないね・・・・・・。あ、このまま、撮っても良いかな?」

「えぇ? でもわたし・・・・・・ポーズとか、わかんないよぉー!」

少女が焦ったような顔になる。

その瞬間、彼はシャッターを切っていた。

「・・・・・・ん、良い表情!」

「あ、ひどい〜! まだ良いよって、言ってないのに!!」

ちょっと笑いながら睨む少女に、彼はもう一度シャッターを切っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

楓舞う林道で、二人は出会った。
 
それが始まりで・・・・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

彼女はゆっくりと、心地良い風の抜ける林道を歩いていた。

紅葉した楓の葉が、彼女を祝福するように舞い落ちている。

木漏れ日が空間に明と暗のコントラストを描き、その狭間を小さな紅葉の葉が渡っている。

「・・・・・・おーい、そんなに急ぐなよ!」

焦ったような声を聞いて、彼女は振り返った。

愛機の一眼レフを片手に持ち、駆けてくる彼の姿を見て、彼女はクスリと笑みを浮かべる。

「もう・・・・・・あなたが遅いだけでしょう?」

「し、仕方ないだろう? 凄い光景だったんだから! あれを撮らなくちゃ、死んでも死にきれないよ!」

「ふふふ・・・・・・、あなたも全然変わらないんだから・・・・・・」

彼女は嬉しそうに微笑み、ゆっくりと眼前の楓の並木道へと視線を戻した。

「・・・・・・でも、ここも変わらないわね・・・・・・」

「ああ、そうだな。・・・・・・そうして立ってると、君と出会った頃を思い出すよ」

言いながら、彼はファインダー越しに妻の姿を見る。

「お世辞を言っても無駄よ。・・・あの頃はこんなにお腹も大きくなかったもの」

「まぁそうなんだけどね・・・・・・、でもやっぱり、変わってないんだよな、なんとなく」

彼は妻と楓の並木道を写真に収め、気遣うようにして妻の肩を抱いた。

「寒くないかい? もうじきなんだから、あんまり無理しちゃいけないのに」

「大丈夫よ、心配性ね? ・・・・・・ここはわたしとあなたが出会った場所ですもの、この子にもこの時期のこの道を、見せてあげたくて」

「まぁ、君の気持ちも分かるけど・・・・・・もうちょっと早く来れば良かったじゃないか」

「駄目よ、この時期が一番、綺麗なんだから。・・・・・・それにあなたと出会ったのだって、この時期だったでしょう?」

「そうなんだけど・・・・・・」

「それに、こういう場所でリラックスすることは、とても良いことなのよ? この子にも、ね?」

新しい生命の宿ったお腹を撫でながら、彼女はそっと目を閉じる。

ざわざわと、風に揺れる楓の葉。

ひらひらと、優しく頬や肩を撫でて落ちる楓の葉。

・・・・・・そして目を開けると。

美しく、優しい光景が心に染み渡る。

大好きだったこの場所。

大好きになる人に出会ったこの場所。

いつだって、幸せを運んで来てくれるこの場所。

かけがいのないこの場所の空気を、彼女は全身で感じる。

「・・・・・・ねぇ、あなた?」

「ん? なんだい?」

「この子の名前のことなんだけど・・・・・・」

「名前? 唐突だけど・・・・・・どうしたんだい?」

「あのね・・・・・・、この並木道のように、綺麗で、優しくて・・・・・・みんなを幸せな気持ちにしてあげられるような子になるようにっていう、願いを込めて・・・・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

11月14日、君が生まれた日。
 
優しい両親から贈られた、最初のバースデープレゼント。
 
かけがえのない愛情と、その名前・・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
>最初のプレゼント:FIN<
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


*あとがき御挨拶*

ども、柊です(^^)
楓子ちゃんが一切出てこない、けれど「楓子ちゃんの誕生日SS」以外の何物でもないお話『最初のプレゼント』はいかがでしたでしょう?
こ〜ゆう形式のSSって初挑戦なんで、僕の中では評価が分かれてますが、さて、皆さんにはどう映ったかな??

ん〜と、一応誕生日イベントの始まり頃に、旅行に行った先で見た紅葉の美しさにちょっぴし感動なぞしてしまいまして。
んで、こんな話が出来上がったわけであります。
もっとも、その時の感動、風景の描写は全く、これっぽっちも追いついていませんが。
まぁあれを文章で表現しようって言うことが、無謀なんでしょうね(^−^)

今回はかなり柊としても実験的な手法を試したわけで、ちょっぴり感想など頂けるとありがたいです。
まぁそんなおおそれた話ではないんじゃないかとも、思ったりはしますが(^^)

ではでは、またもやネタが思い浮かびましたら、そして誕生日会に間に合いましたら、リゲ○ン片手に頑張って書こうと思います。
もし次のSSが出た時は、是非是非読んでやって下さいませ(確率は低いですが)

作者:柊雅史
 


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