清々しく晴れ渡った空は、まるでわたしのココロみたい。
通い慣れた通学路も、今日はちょっとだけ違って見える。
ひょっこりあの人が出てくるんじゃないかって、ドキドキしたり。
不安な気持ちもあるけれど、頑張るんだって気持ちと、昂揚感の方が大きい。
そっと、手提げ鞄を押さえてみる。布越しに感じる小さな小箱。
わたしの気持ちの入った小箱。
受け取ってくれるかな? 受けとってくれるよね?
美味しいって言ってくれるかな? 言ってくれるよね?
何度か失敗しちゃったケド、最後の最後に上手く出来た手作りチョコレート。
甘い甘い、チョコレート。
あの人は優しいから、ちょっと失敗しちゃっても「美味しい」って言ってくれると思うケド。
でもやっぱり、本当に美味しいチョコを上げたいモン。
そっと机に入れておこうかな? そっと下駄箱に置いておこうかな?
ううん、やっぱりそれじゃダメ。
ちゃんと手渡ししなくちゃ。
だって今日は、勇気の出せる魔法の日。
女の子のための、年に一度のバレンタイン・デーだもん。
特別、だモン!
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<この忙しい時に何やってんだ俺、記念(嘘)>
バレンタイン☆狂想曲(2)
書き人:柊雅史
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校門へ続く坂道では、既に何組かのカップルらしき姿が見える。
大半は既に付き合っていた恋人同士なのだろうが、中にはいかにもできたてほやほやらしい、互いに真っ赤な顔をした男女の姿もある。
そんな、いつもとは違う光景を眺め、良いなぁ、と思う楓子だった。
(みんな大胆だな、わたしにはとても出来ないよぉ)
ちょっとだけ、あんな風に”あの人”と仲良く登校している自分を思い浮かべて、楓子は頬を染めた。
(や、やっぱり恥ずかしぃ〜。でも、楽しいだろうなぁ・・・)
そんなことを考えながら歩いていると、学校へ向かう人込みの中に、見慣れた後ろ姿を発見した。
ドキン、と心臓が瞬間的に跳ね上がる。
ひょっとしたら、とは思ってたけど、本当に朝から運良く会えるとは思っていなかったから、完全に不意討ちだった。
無意識に手が、手提げ鞄の上から小箱に触れる。
(だ、大丈夫、だよ。いつも通りに声を掛けて、ぱっぱって渡しちゃえば、大丈夫・・・)
昨日、チョコを作っている間は色々なことを夢見たけれど、現実の前では夢などどこかに消えてしまう。
チョコを渡す時のセリフも・・・告白、とか・・・全部が全部、頭の中から消えてしまった。
(義理・・・うん、義理チョコ。そう思って受け取ってくれるかもしれない・・・)
ついさっきまではそんなことは考えなかったのだけれど。
いざその時が来たら、急に怖くなって来た。
受け取ってもらえないんじゃないか、って。迷惑に思われるんじゃないかって。
仲は良い、と思う。時々二人で出掛けたりもしてる。でも、彼にとってはただの友達か、部活のマネージャーくらいにしか思われてないのかもしれない。
夢見る間は楽しくて、忘れていた可能性が急に膨らんでくる。色々な想像が・・・良いものも悪いものも・・・浮かんできては、消えて行った。
そして楓子は・・・一つ深呼吸をして・・・心を決めた。
「・・・あや・・・」
「武人くん!」
声を掛けようとした楓子の横を、弾むような足取りで少女が一人駆け抜けて行く。慌てて口をつぐみ、楓子はその少女の背中を追った。
「・・・おう、光!」
陽ノ下光。
あの人が振りかえり、笑みを浮かべた。
「おはよ! ってことで、はい、義理チョコ!」
「・・・はい、義理チョコって・・・はっきり言う奴だな」
「暗〜く言うよりは良いでしょ? 感謝しなよぉ、これで戦果ゼロってこともなくなったんだから」
「へいへい」
「あ〜、全然感謝してない〜! だったら返せ〜!」
「してますしてます、光大明神様」
「うむ、よろしい!」
楽しげに言葉を交わし、自然と並んで歩き出す二人を、楓子はなんの感情もなく見送っていた。
「・・・ねぇねぇ、あの二人って付き合ってるのかな?」
すぐ近くでそんな声が聞こえ、楓子はビクリと体を震わせた。
「どうだろね。幼馴染みって言ってるけど、仲良いよね〜」
「陽ノ下さん、結構もてるのに誰とも付き合ってないじゃん?」
「う〜ん、じゃあやっぱり・・・・・・」
ぼんやりと、噂話に花を咲かせる生徒を見送る。
「・・・そんなのじゃないモン・・・」
既に見えなくなった二人の方を見詰め、楓子は元気なく呟いた。
「・・・そんなのじゃ・・・ない、よね・・・・・・?」
小さく溜息を吐き、楓子は坂道を登り始めた。
手が自然と、手提げ鞄の中の小箱を握っていた。
☆ ☆ ☆
今日はなんだかついてない・・・。
4限の古文の授業をぼんやりと聞き流しながら、楓子は溜息を吐いた。
朝から余り見たくない光景に遭遇してしまうし、3限の数学では確かに入れたはずの数学の宿題が見当たらなくて、昼休みの半分を数学教師のお説教で潰されてしまうし。
しかもお説教から帰ってみると、ちゃんと数学のノートは机の中に入っていた。
本当についていない・・・。
ノートの隅にちっちゃく”あの人”の似顔絵を描く。あまり上手くはない。
はぁ、と溜息が漏れた。絵が上手く描けなかったからではもちろんない。
陽ノ下光・・・彼の幼馴染みのことは、もちろん知っていた。他でもない、彼の口から会話の中で聞いたことだ。
その時はただ、羨ましいな、と思っただけだ。自分にはない、子供の頃の彼との思い出があるんだと、その幼馴染みを羨ましく思っただけ。
だけど今日、校門へ続く坂道を軽快に走りぬけて行った彼女を見て。
そして自然な仕草で肩を並べて歩く二人を見て、羨望とは明らかに違う感情が楓子の中に生まれた。
嫉妬。
陸上部らしく引き締まった体の彼女には、ああして駆け抜けて行く姿が羨ましいほど似合った。
そしてそこが昔から決まっていた定位置のように、彼の横に肩を並べる姿が、憎らしいほど似合っていた。
羨ましさと同時に、自分でも嫌になるような感情が押さえ切れずに湧き上がってくる。
嫉妬と自己嫌悪の中で、楓子は何度目かの溜息を吐く。
「・・・ではこの続きを・・・佐倉、訳してみろ!」
「は、はい!?」
・・・・・・なんだか本当に、今日はついてないみたいだった。
☆ ☆ ☆
上の空で授業を受けている内に、いつの間にか放課後になっていた。
今日は野球部の練習は休みだ。そのことにむしろ落胆する。こういう時は何も考えずに、体を動かしていた方が楽なのに・・・。
「バレンタインだから休み」
あっさりそう言ったキャプテンを恨みたくなった。先週の土曜日は感謝したのだが、現金なものだ。
とにかくいつまでもぼんやりしてても仕方がない。教科書を鞄にしまい、教室を出る。また、手が自然と小箱の感触を探っていた。
結局これからどうするのか、あるいは自分がどうしたいのかすら、決め兼ねている。
「・・・佐倉さん?」
元気なく廊下を歩いていると、楓子は呼び止められた。声のした方を見ると、友人の・・・かどうか、多少疑問も湧くが・・・八重花桜梨が同じように帰り支度を終えた格好で立っていた。
「あ、八重さん。こんにちは・・・」
「・・・どうかしたの?」
「え・・・?」
「なにか、辛そうだったから・・・」
「・・・そ、そう、かな・・・?」
笑みを浮かべる楓子だが、いつもより陰が浮かんでいるのは明らかだった。
そんな楓子をほとんど無表情で見詰め、八重は何も言わずにいる。
不思議な人だな、と楓子はいつもこの友人に抱く感想を思い浮かべていた。
楓子が噂で聞いた限りは、無口で他人に関心がなくて、暗い少女。だけど、実際はそれほど他人に無関心というわけではないように思える。むしろ、優しいくらいだ。
部室前で楓子が大量の洗濯物を前に難儀していたところを、手伝ってくれたのがきっかけで、なんとなく友達のような違うような、微妙な距離での付き合いを保っている。友人感覚というよりは、大人びた雰囲気と容姿に、憧れている面の方が強いような気がする。
美幸が一緒にて楽しい友人なら、八重は一緒にいて落ち着くお姉さんみたいだった。
こうして、見る人によっては冷たい、そしてまた見る人によっては暖かい視線で見詰められると、楓子はなんとなく落ち着ける。
「・・・あの・・・ね、ちょっと・・・時間、いいカナ?」
「・・・ちょっとなら・・・」
手招いたりはしないが、体をずらす八重に、楓子は安堵を覚えながら、八重の教室に入った。
☆ ☆ ☆
何をどうやって話せば良いのか、正直楓子にも分からなかったが、今朝からの出来事を話している内に、なんとなく今の自分の心境が分かって来た。
好きな人がいて。その人には仲の良い幼馴染みがいて。その人には敵わないような気がして。
その女の子に嫉妬を感じる。そんな自分がちょっと嫌い。
好きな人は、自分よりもその幼馴染みの方が好きなんじゃないかって、思う。それが怖い。
嫉妬と自己嫌悪と怖れ。まるで良くあるマンガかドラマのよう。つまりはごく普通の、誰もが抱く感情。
話している内に、「あれ、それだけ?」という思いが生まれてくる。
話し終えた時点で、楓子は随分と気が楽になっていた。
結局、幼馴染みの陽ノ下光に嫉妬を抱く自分も、あの人は陽ノ下光を好きなんじゃないかと怖れる気持ちも、同じことを意味しているんだと、そう気付いた。
あの人のことが好き。
だから嫉妬もするし、不安にもなる。
黙ったまま、無関心のような顔で八重は楓子の話を聞いていた。
そして彼女が言ったのは、一言だけ。
「人ってそんなに綺麗なものじゃないと思うから・・・」
だから、そんなに自分を嫌う必要はない、と言いたかったのだろうと、楓子は思った。
☆ ☆ ☆
八重にお礼を言って別れた楓子は、”あの人”を探して当てもなく校内を探し回った。
陽ノ下光の登場で湧き上って来たちょっとした葛藤は、結局自分がどれだけあの人を好きなのかを気付かせてくれた。
この気持ちを伝えたいと思う。今はまだ、陽ノ下さんには勝てないかもしれないけれど。
あの人が好きだから、メイと熾烈な戦いを演じたように、あの人が好きだから、頑張って戦うんだと思う。
勇気を出して、自分に素直になって。
これはその、最初の一歩。あるいは・・・宣戦布告、かもしれない。
義理チョコだなんて、誤魔化さないで。
「ストレート勝負、だよね!」
見慣れた背中を視線の先に見付け、楓子は「うん!」と気合いを入れた。
「・・・あ、綾野さ〜ん!」
「あ、佐倉さん? なに? 何か用?」
楓子は綺麗にラッピングされた小箱を取り出して、彼に手渡した。
「あ、あの、あのね。これ・・・なんだけど・・・」
「え? これって・・・?」
「う、うん・・・。あのね、んとね・・・、も、もしかしたら、美味しくないかもしれないけど・・・その、手作り、だから・・・。だから・・・、美味しくなかった
ら、捨てちゃって下さい!」
それだけ言うと、楓子は逃げるようにして駆け去った。戦う決心もしたけれど、やっぱりそこが自分の限界だった。
でも、それでも楓子は満足だった。
気持ちをこめて作ったチョコを手渡せたこと。ちゃんと、義理じゃなくて手作りだって、伝えられたこと。
今はそれだけでも、充分、だよね?
>バレンタイン・パニック☆2:FIN<
まぁ前に書いてないんであとがきなんだろうね。
そんなわけでバレパニ2を書きました。実は偽物パートを先に書き、これじゃあんまり綾野さんにも読んでくれた人にも悪いと思い、急遽作成したのが2だったりします。偽物パートに比べれば、まぁマシな話になってれば良いな。
結局光と”彼”と楓子ちゃんのトライアングルには決着ついてないですね〜。しかも終わり方が中途半端(汗)。
まぁつまり、その辺は続くかもしれんということです。ホワイトデーSPとかにも。・・・続かないかもしれんが。
でもまぁ、スカイさんもおっしゃる通り、光の存在は避けてはとおれぬ命題・・・楓子ちゃんサイドで書いても、ね。
下手すると楓子ちゃんが嫌な子になりかねないですけど、まぁ気をつけて頑張るべ〜とおもっとりマス。
それでは同時発行(予定)のバレパニ2偽物パートもどうかよろしく〜♪
偽物パートは僕達が主役です(笑)。
作者:柊雅史