ばすっ
「あ〜あ。やっぱり無理かもぉ……」
楓子は仰向けにベッドに倒れ込み、情けない声を上げた。
もはや限界に近い楓子の心境を代弁しているかのように、短く切り揃えた髪が乱雑に拡がる。
その横には、編みかけのセーターが編み棒と毛糸玉とに繋がったまま転がっていた。
「私ったら、何でいつもこうなんだろう。ここ一番ってときに失敗ばかり……こんなことじゃ武人くんに嫌われちゃうよぉ……」
独り言が多いのは、その精神状態ゆえであろう。
ぶつけどころのないもどかしさを言葉という形で発散しながら、彼女は先日、綾野武人と電話した内容を反芻する
「おそろい」 作:子龍
「今度の日曜日、俺、楓子ちゃんの誕生日をお祝いしに大門へ行くよ」
「え、ええっ!?」
最近、毎週の日課となっている長距離電話。
昨日催された文化祭の話で盛り上がって、いつの間にか切らなくちゃいけない時間になっていた頃、唐突に武人が切り出した。
はじめ、いつもの軽口だと思っていたのだが、声のトーンや電話口から伝わる雰囲気から、その言葉が本気であることが伝わってきた。
「でも、その日って野球部の練習があるんじゃ……?」
「ああ。でもこの間、新人戦の秋季大会も終わったし、もうあいつらだけで大丈夫。老兵は去るのみ、ってね」
「それはこの間聞いたけど……武人くん、プロを目指すんでしょ?それならなおさら練習に出ないと」
「いや、いつまでも引退した人間がしゃしゃり出て行くのは新チームの結束に悪影響を与えるし、
この時期は体力作りやフォーム固めに重点を置く方が効率的なんだ。
それに文化祭のとき、せっかく楓子ちゃんが来てくれたのにちょっとしか話できなかったし、その埋め合わせも兼ねて、ね?」
「でも、それは私が遅れちゃったのがそもそも悪いん 」
「もしかして楓子ちゃん……俺が大門市に来るのが迷惑なの?」
武人は、楓子の反論を途中で遮った。
「そっか。そうなんだ。 あーあ、俺、傷ついちゃうなぁ〜」
「そ、そんなことないよ!」
思わず、空いている手をばたつかせながら否定する。
もちろんその様子は電話の向こうには見えていないのだが、おそらく武人にはお見通しなのだろう。
いきなり声のトーンを下げてしょんぼりする(フリをする)手口にまんまと乗せられてしまった。
「じゃあ決まり♪プレゼント、期待しててくれよ!」
いきなり元気を取り戻す武人。
「あ〜、騙したなぁ!ずるいよぉ。いつもそうやって押し切っちゃうんだから……」
「ははは。いつものことだから、気にしない気にしない!」
「そういうことは自分で言うもんじゃないよ〜」
いきなりの申し出に困惑を隠せなかった楓子であるが、結局武人のペースにはまっている。
「とにかく、14日の……そうだな。11時に大門の駅前で良いかな?その時間なら朝イチの特急でちょうど間に合うし」
「う、うん」
「じゃ、楓子ちゃんが迷わないよう、目印に赤いバラの花をくわえて待ってるから」
「ふふふ。そんなことしなくても間違えないよぉ」
「いや、『男子たるもの3日見なければ刮目して見よ』って言うだろ?それに、楓子ちゃんそそっかしいし」
「ひっど〜い!いくら他の人は見間違えても、武人くんを見間違えるわけないモン!」
その自らの言葉に顔を赤らめながら、楓子はしまったという表情になる。
売り言葉に買い言葉とはいえ、いつもこの調子で内心を吐露させられる。
「はは、照れるなぁ」
「……武人くんのイジワル〜」
楓子は半分涙声になっていた。
武人の前ではいつもの自分じゃない、もう一人の自分がいるように感じることがある。
「よ〜し、じゃあ当日は武人くんをビックリさせてやるんだからぁ!覚えてなさいよ!」
そして思わずそんな言葉が口をついた。
特に何か作戦があるわけではない。言うなればその、もう一人の自分が言わせたとでも言うのか。
「へぇ〜、それじゃまた楽しみが一つ増えたなぁ♪」
武人はいたずらっぽく笑いながら答える。
「う、うん!じゃあ11日、覚悟しておいてよね!」
うろたえている自分を必死に取り繕いながら言い放つ。本人は悪態をついているつもりだが、全然悪態になっていないところが彼女らしい。
「はは、覚悟しておくよ!……それじゃ、おやすみ」
「お、おやすみなさい」
ピッ
・
・
・
・
そんなやりとりが交わされたのが、先週の日曜日の夜。都合6日前だ。
それから楓子は必死になって武人をビックリさせるような作戦を考えていた。
といっても、彼女は人を驚かすことになんて慣れていない。
結局、武人に贈ろうと編みかけていたセーターにおぼえたての新しい編み目を加えるといった、自分の得意分野で勝負をかけることにしていた。
しかし、まだ慣れない高度な技術と気合いの空回りで全然納得のいくものが出来ず、気がつけばもう10日。
武人がこの街へやってくる前日となっていた。
週末、この時間になるといつもなら電話をどちらともなくかける2人であったが、今回は楓子は電話をしていなかった。武人からの電話もまだ来ていない。
楓子はそのセーターが完成するまでとても電話は出来なかったし、武人は一生懸命何かしようとしている楓子の邪魔しないよう気遣ってのことか。
そんなこんなで、すっかり武人の手のひらで踊らされている感の強い楓子である。
彼女はそれが決して嫌いではない。むしろ、最近は心地良ささえ感じている。
しかし、それで満足するほど彼女は他人に依存していない。
それが彼女の良いところでもあるが、皮肉にも今回はそれが原因でこんな事態になってしまった。
仰向けになってベッドに倒れ込んでいた楓子は、顔だけひねって窓の外を見る。
いつもと変わらない月の光が、隣の家の屋根を白く照らし出していた。
(今のうちに電話して謝っておこうかなぁ。当日になって謝るよりはましだろうし……)
窓の横の机にちょこんと鎮座している電話に目を移し、そんな考えが頭をよぎった瞬間
ピリリリリリリ……
「!!」
楓子は驚きのあまり、声にならない悲鳴を上げた。
「た、武人くん?」
部屋に置いてあるのは家の電話の子機。それゆえ電話の相手はわからないのだが、週末のこの時間の電話はたいてい武人だった。
両親や弟に出られると後で勘ぐられたりからかわれたり大変だし、何より彼からの電話には自分が出たい。
そのため、この時間は自室にいることが多い楓子だった。
まあ、その時点で家族にはバレバレだったりするのだが。
(わ、わ、早く出ないと!)
あまりのタイミングに、いつもより数倍あわてて机の前まで駆け寄る。
しかし、もう電話に手が届く寸前のところまで手が伸びた瞬間、楓子の動きが止まった。
(で、でも何て言えば……)
思わず電話から目を逸らす。
ピリリリリリリ……ピリリリリリリ……ピリリ……
その躊躇の間に、部屋にかすかな残響音を残して呼び出し音が止まった。
そっと視線を戻すと、親機か他の子機が通話の状態であることが表示されているのが見えた。家族の誰かが出たらしい。
(どうしよう……居留守使っちゃおうかな……)
楓子が思案していると、階下から元気な声が響いた。
「ねーちゃ〜ん!電話ぁ!!」
「だ、誰から?」
そのままの固まった体勢で訊き返す。
「へへへ〜、いつもの兄ちゃん……」
「!!!」
楓子は、過剰なまでにビクッと体を震わせた。
「……じゃなくて紅葉おねーちゃんからだよ〜。残念でしたぁ!」
「こ、こらぁ〜!!」
弟のたちの悪い悪戯に声を上げる楓子だったが、内心ホッとしていた。電話の主が武人だったら、正直何を言えば良いのか全くわからない。
彼女は深呼吸していくぶん気分を落ち着けてから子機を手に取った。
「はい、お電話代わりました。楓子です」
「ふふ、いつもながら賑やかね〜、楓子ちゃんの家は」
電話口から優しそうな、それでいてハッキリと通る声が響く。
紅葉おねーちゃんと呼ばれたこの女性は、楓子の母方の伯母の娘。楓子にとっては従姉にあたる。
「うう〜……いつもっていうのは考えものだよ?」
「あら、賑やかなのは良いことでしょ?まあ、今日はいつにも増して賑やかだったみたいだけど」
「そう、かな? それで、今日はどうしたの?いきなり電話なんて」
とぼけた感じで相づちをうち、すかさず話を逸らす。しかし、明らかに不自然だった。
「うん。今度の水曜日は楓子ちゃんの誕生日だから、そっちに行けない分せめて電話をしておこうと思って。
でも、楓子ちゃんはそれどころじゃないみたいね?」
「ど、どうして?」
楓子はドキリとした。
「隠してもだ〜め。ほら、お姉さんに話してごらんなさい?」
この紅葉という女性は、昔から友人や後輩から相談事をもちかけられることが多かったという。
彼女から醸し出す落ち着いた……というよりおっとりした雰囲気が周囲をそうさせたのか。
そんな経験からか生来のものかはわからないが、人一倍洞察力に優れている。
「……やっぱりお姉ちゃんには隠し事はできないね。実は……」
そう言って、先週からの武人とのいきさつを話し始めた。
・
・
・
・
大人の女性の雰囲気を持ち、周りの人に頼られている紅葉に対し、楓子は憧憬の念を抱いている。
実際、小さいころからよく悩みを打ち明けたりしていたし、ひびきのに住んでいた頃はよく野球部のことなどを相談していた。
当然、話の端々に武人の名前も出ていたので、紅葉にとっても初めて聞く名前ではない。
楓子にとって、武人のことを相談するにはうってつけの相手と言えた。
・
・
・
・
「ふ〜ん、なるほどね」
一通り説明したところで、紅葉はしばらく考えている風だった。
「ど、どうしたら良いかな?やっぱり諦めた方が良いのかなぁ」
「なーんか惚気られてるだけって気がしなくもないけど。ごちそうさまって感じかな?」
「か、感想なんか聞いてないよぉ〜。こっちは本気で考えてるんだから!」
「へぇ……本気なんだ」
「……紅葉お姉ちゃん、何か変な解釈してない?」
「してないしてない。ま、その解釈もあながち間違ってるとは思えないけどね〜」
「うう〜、お姉ちゃん意地悪だよぉ。相談しなきゃ良かった……」
楓子は電話を切ろうとした。
「待って待って。冗談、冗〜談!ふふ、楓子ちゃんったら可愛いんだから」
電話口の声が遠ざかったのを感じて、紅葉はあわてて楓子を呼び止める。
「……じゃあ、冗談抜きで相談に乗ってくれる?」
「了〜解!私で力になれるかわからないけど、話を聞いた以上、放っておけないしね」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「そのかわり、場合によってはちょっと辛口になるかも知れないよ?覚悟はいい?」
「お、お手やわらかに」
楓子は軽く息をついた。
「それじゃさっそく幾つか質問するけど……まず、なぜ武人くんを驚かせなきゃならないの?」
「なぜって……さっき話した通りで、いつものお返しに意地でもビックリさせてやるーって思って」
「そのセーターって結構前から編んでたんだよね?」
「うん。秋口からちょこちょこ。私、編み物好きだけど編むの遅いから、そのくらいから始めないと冬に間に合わないモン」
「で、それを武人くんを驚かせることに使おうって思ったわけね?」
「私、そういうことじゃないと人を驚かすことなんてできないし、ちょうど良い機会だなって」
「そう」
紅葉は一言、納得したように相づちを打ったところで黙ってしまった。
「な、何?」
一瞬の沈黙。と同時に、窓の外から射し込む月の光が途絶えた。
「楓子ちゃん、あなた、大事なこと見失ってない?」
「えっ……」
それまで比較的高いトーンだった紅葉の口調がふっと落ち着いたものに変わったことに気づき、楓子に緊張が走る。
「プレゼントって、何のためにするもの?」
紅葉は、わずかばかりの間をおいて続ける。
「楓子ちゃんならそんなこと、聞かなくてもわかってるはずだよね。
結果的に驚いてくれればなお良いかも知れないけど、大事なのはそこじゃないでしょ?」
窓の外から、かすかに虫の鳴き声が聞こえている。
やけに時計の針の音が大きく感じられた。
「それに、始めから凄いものを作ろうなんて考えちゃダメよ。プロじゃないんだから。
古い言い回しかも知れないけど、手編みのセーターって”想いを紡ぐもの”って言うよね。
ビックリさせたい、なんて気持ちが先行してるときに良いものが出来るとは思えないな」
楓子は、話を聞きながらベッドの上に置いてある作りかけのセーターに目を落とす。
始めこそ武人が着て喜んでくれてるところを想像しながら作っていたものの、確かにここ一週間はそうでなくなっていた気がする。
「そう……だね。私、思い違いしてたみたい。気づかないうちに大事なこと、見失ってたよね……」
「ふふ、無理もないわよ。若気の至りとも言うし。あ、この場合は”恋は盲目”かな?」
「!! お、お姉ちゃん! ……でも、ありがとう」
「どういたしまして。武人くん、喜んでくれるといいわね」
「う、うん。……やだ、何かドキドキしてきちゃった」
改まってそう言われると、武人のことをいつもよりも意識してしまう。顔が上気していくのが自分でもわかる。
脳裏に武人の顔が勝手に浮かび、それをかき消すために頭をぶんぶんと振った。
「うふふ、楓子ちゃんの話を聞いてると昔……高校の頃を思い出すなぁ。 あ、昔って言ってもそんな昔じゃないわよ?」
「え?何を思い出したの?」
妙に”そんな昔じゃない”の部分が強調されていたような気がしたが、気づかない振りをして訊ねる。
「私もね……高校のとき、今の彼氏に手編みのセーター、贈ったんだ。私は楓子ちゃんみたいに手芸が得意じゃなかったから、そりゃもうひどい出来でね」
「へぇ……ちょっと意外。小さい頃からお姉ちゃん、何でもできたから」
「あら。そういう風に見えた?でもね、あの人……とっても喜んでくれて。
はじめは気を遣って喜んでる振りをしてくれてるのかなぁって思ったんだけど、今でもそのセーター着てくるんだ」
「優しい人だね。そして、それ以上に紅葉お姉ちゃんのこと……」
「ふふ。でね、この間も”新しいのプレゼントするからもうそれは捨てちゃっても良いよ”って言ったのに、
『紅葉の手編みのセーターは、どんな出来合いのものよりも暖かいからこれからもずっと着るよ』
って言って、ボロボロになりながらホントに着てるんだ」
「ふぅん……ごちそうさま!」
「アハハ、さっき惚気られたお返しよ」
「ありがとう、お姉ちゃん。明日までに頑張ってプレゼント作る気力が湧いてきたよ」
「ふふ、頑張りなさいよ。応援してるからね」
「うん。それじゃ、お休みなさい」
ピッ
楓子は電話を置いてうんっと伸びをして、編み棒に手を伸ばした。
とは言っても、ほとんど出来ていないセーターを今から完成させるには時間が無さ過ぎる。
ふと楓子は、机の上にちょこんと置いてあるフォトスタンドに目を向けた。
木製のフレームに「2000.9.19 小樽運河」と刻印されているそのフォトスタンドには、
甲子園決勝でサヨナラヒットを放ったときの武人の写真が大事に収めてある。
「…………」
楓子は意を決して手を動かし始めた。
・
・
・
・
「はぁっ、はぁっ……はぁ。ちょっと、早く着きすぎたかな?」
息を切って大門の駅前にたどり着いたときには、まだ時計は10時半を回ったばかりだった。
呼吸を整えてふっと息をつき、雲一つない青空を見上げると、はるか上空で雲雀がさえずっていた。
(もうすぐ、この街に武人くんが来る。……私に逢いに)
そんな、1週間前まで考えてもみなかったことが現実になることを思うと居ても立ってもいられず、
待ち合わせ場所である駅前をすぐに離れ、駅構内へと入っていった。
入場券を買って下り線の駅ホームに降り、空いているベンチに座る。
風が駅の植え込みの木を揺らし、ザワザワとした葉音を奏でた。
時折枯れ葉をも巻き上げるその風は、もう一足早い冬の息吹を感じさせるほど冷たく、楓子の肌を刺す。
思わず視線を落とすとその膝の上には、2つの包みが大事そうに抱えられていた。
(武人くん……喜んでくれると良いなぁ)
その脳裏には、悪態をつきながらも喜んで受け取ってくれる武人の笑顔が浮かんでいた。
・
・
・
・
「う、う〜ん……あれ?」
暖かな陽光をうけ、まどろみの中ゆっくりと目をあける。
楓子は徹夜疲れのあまりベンチに座ったまま眠ってしまっていたのだ。
それも、隣に座っている人にもたれかかった状態だ。
「す、すいませんっ!私ったら、いつの間に……」
自分が今まで眠っていたことにハッキリと気づき、慌てて立ち上がって隣に座っていた人に謝る。
すると楓子は、驚きのあまり目をパチクリと瞬かせた。
「た、武人……くん?」
「アハハ、大門に着いて電車を降りたら、目の前のベンチで楓子ちゃんが寝てるんだもん。ビックリしたよ」
ベンチに座って屈託のない笑顔をたたえているのは、紛れもなく綾野武人その人だった。
周りに他の人の姿は全く見えない。おそらく、次の電車までまだまだ時間があるのだろう。
「もしかして、これがこの間言ってた”ビックリさせてやるんだから!”ってやつ?見事に一本とられたなぁ」
「ち、違うよぉ。私ったらまた……はうぅ〜」
楓子は真っ赤になって俯いてしまった。
「アハハ。おはようございます、眠れる森のお姫さま」
「も、もう!武人くんのイジワル〜!起こしてくれれば良かったのに」
「いやぁ、あんまり気持ち良さそうに眠ってたからさ。起こすの悪いと思って。
……それに、寝顔が可愛かったからいつまでも見ていたいなぁ、なんて」
「そ、そんな。可愛いだなんて……」
真っ赤だった顔がさらに真っ赤になってしまう。今にも卒倒しそうな勢いだ。
「ハハハ。ところで、その包みはなに?」
楓子が武人の視線をたどると、自分が大事に抱えている……というか潰してしまいそうなほど抱きしめている2つの包みにたどり着く。
「わ、わ!これは……えっと、武人くんにプレゼントしようと思って……作ったんだ」
「え?でも、今日は俺、楓子ちゃんの誕生日を祝いに来たんだよ?俺がプレゼントを貰ういわれは……」
「ううん。ここまで会いに来てくれたお礼と、大事なことに気づかせてくれたお礼。だから気にしないで」
そう言って、包みのうちの一つを武人にそっと差し出す。
「大事なこと、ってのがよくわからないけど……サンキュ!嬉しいよ。開けても良いかな?」
「うん。気に入ってくれるかわからないけど」
可愛いラッピングもまた彼女の手作りだと気づいた武人は、丁寧にその包みを開いた。
楓子は期待と不安に胸を高鳴らせながらその様子を見つめている。
「……お、手袋かぁ。朝のロードワークに使ってる手袋が結構ボロくなっちゃってるから丁度良かったよ。
ちょっと勿体ない気もするけど、明日から早速使わせてもらうよ!」
「エヘヘ、そう言ってくれると嬉しいな。やっぱり、実際使ってくれるのが一番だから」
楓子は、やっぱり武人くんは相変わらずで、そして優しいなぁ、と思う。
「ところで、もう一つの包みは何?」
「あ、これ?これはねぇ……」
おもむろに武人が訊ねると、楓子もその包みを開く。すると、サイズは小さいながらも武人に贈った手袋と同じ色と編み目の施された手袋が出てきた。
「ジャーン!お揃いの手袋、作ったんだぁ。武人くんが朝のロードワークや学校帰りに使ってるとき、
私もこれをはめてれば……離れてても一緒に頑張ってるって気になれるから」
「そ、そっか。……何か照れるな」
自分でもビックリするほど自然にそんな言葉が楓子の口をついた。
武人は面映ゆげに視線をそらしつつ、その手袋をどぎまぎとはめてみる。
「ん?これって……」
手袋をはめた武人が、両手を目の前で広げ、表、裏とその手袋の出来を確認している。
「ど、どうしたの?もしかしてどこか変かな?」
急いで作ったため、どこか編み目がおかしいとか穴が空いてるとか、そんなことを想像した。
「いや、変というか何というか……左右が、まるっきり一緒なんだけど?」
「う、うそっ!?」
慌てて自分用の手袋も確認してみる。武人のものと同様、左右が全く一緒のものだった。
武人は大きめの右手用が2つ。そして楓子は小さめの左手用が2つ。
「私ったらまたやっちゃったんだ……。大きさが違うから交換するわけにもいかないし……本当にごめんなさい」
手袋を握りしめ、しゅんとなって俯く。こんな時までドジを踏んでしまう自分が心底イヤになる。
「…………」
しばらくそれを見つめていた武人は、俯いて今にも泣きそうな楓子の右側に歩み立ち、視線を中空に這わせる。
「まぁ……何だ。プロ野球選手はバッティングで3割成功してヒット打てれば一流選手って言われるものだし」
「……私はプロ野球選手じゃないモン」
いじけながら消え入りそうな声で答える。
慰めてくれてるのはわかっているが、なおさら自分が惨めに感じてしまう。
「そう。俺達はプロ野球選手じゃない。だから、お互いの失敗を補っていければ良いと思うんだ」
「え?そ、それってどういう……」
楓子が右側に立つ武人の顔を仰ぎ見た刹那、予期せず右手に温かい感触があった。
「こうやって俺の左手と楓子ちゃんの右手をつないで、お互いの空いた手は楓子ちゃんが作ってくれた手袋をすれば……ほら。両手とも温かいよ」
「……うん」
武人が差し出したその手は、その優しい心が伝わってくるかのように、とても温かかった。
「さ、行こうか。時間はまだたっぷりあるし、今日は目一杯遊ぼう!」
手をつないだまま、武人は階段の方へ軽く駆け出す。
それに導かれるように、楓子は彼のちょっと後ろめについて行った。
「……あのね、私、今わかったよ」
地下連絡通路の下り階段の手前で、楓子が呟く。
「え?何を?」
武人はゆっくり立ち止まり、半身をひねって顔を向ける。すでに階段を2段ほど降りているので、目線が楓子とほぼ同じ高さになっていた。
「私、さっきお揃いの手袋を作った理由、『一緒に頑張ってる気持ちになれるから』って言ったけど、実はも1つ……あるんだ」
「へぇ、良かったら聞かせてよ」
「うん、それはね。2人は特別 って感じがする、確かなものが欲しかったからなんだ」
「ああ。俺もその気持ち、わかるよ」
「でもさ……武人くんと直接会ってお話ししててわかったの。本当は形のある物なんて必要ないんだって」
「え?」
武人が今ひとつ合点のいかない表情で首を傾げたとき、ふっと楓子の顔が武人の顔に近づく。
直後、彼の頬に柔らかい感触が伝わった。
(だって、私たち2人には「お揃いの気持ち」があるモン! そうでしょ?紅葉お姉ちゃん!)
頬に手をあてながら目を白黒させている武人を後目に、今度は楓子が先に立ち、元気に彼の手を引いて階段を降りて行く。
その瞳には一片の迷いも無く、ただ真っ直ぐ……真っ直ぐに自分の気持ちと、そして2人の未来を見つめていた
反・楓子ちゃん・柊さんLOVE2計画発動中の子龍です(笑)
前半の電話の内容、もっとラブラブになるはずだったんですが、こういう話はどうにも苦手で(^_^;
実体験の少なさが災いしたとか言うな。
気を取り直しまして……このお話は、みなさんご存知のように『ときメモ2』の作品中にあるイベントをいくつか参考にしています。
手袋、文化祭、クリスマス(立場は逆ですが)、そして紅葉さんへの相談。
『サブスト3』以前に、楓子ちゃんは紅葉さんにこんな感じで相談を持ちかけてたんじゃないかと妄想想像してみました。
紅葉さんならもっと的確に、もっと心に響くアドバイスを送れるんじゃないかと思いますが、
いかんせん筆者の力不足ゆえ、紅葉さん萌えの方、平にご容赦下さいマセ。
ちなみに、「ちょっと紅葉さんがハイテンションすぎるんじゃないか?」とか
「セーターを一夜漬けで作れないのはわかるけど、だからって手袋2組は作れるのか?」とかいうツッコミは受け付けません。
私もそう思います。
では、最後になりましたが……
楓子ちゃん、18回目の誕生日おめでとう! 来年はガラスと言わず、銀のリングを贈ります♪(*^^*)
子龍でした。