11月。
街を吹きぬける風が、冷たく澄んだ空気を運んでくるようになった。
それは、まるで木々に新たな命を吹き込むかのように、山々と、
そして街路樹の色を深紅に染めていく。
降り積もった落ち葉は、やがて来る春を迎えるための養分になる。
それは厳しい冬を乗り切るために、みんなに元気を分けているのかもしれない。
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「行って来ます。」
閑静な住宅街の一軒から、元気に一人の青年が飛び出していく。
時間はまだ早朝といって良い時間、吐く息は既に霞のように白い。
駆け出しそうになる足を止めて、道に出る前に一度ポストを覗く。
それが、最近の習慣になっていた。
「早く、返事書かなくちゃな。」
空のポストを見ながら自嘲的にそう呟くと、道を駆け出していた。
青年の名は、関谷 将人。
甲子園で優勝を経験し、球団からも注目されている人物。
少年時代は誰もが憧れる、「プロ野球選手」が本当に手の届く距離に有ったし、
実際誰もが、彼はプロになると信じて疑わなかった。
「コーチ、遅いよ。」
土手を登りきった所で、河川敷のグランドから非難の声が上がる。
そこには野球のユニフォームを着た小学生くらいの子供達が居て、
怒った顔で将人を見上げていた。
将人は秋季大会も終わって朝練が無くなると、少年野球のコーチを頼まれてやっていた。
受験シーズンとはいえ、廻りは将人が受験する可能性など微塵も考えていなかったのだが、
将人にとっても、早起きは習慣になっていたし、適度に体を動かして居たかったので、
この申し出は有りがたかった。
「悪い悪い、昨日遅くまで起きてたから。」
将人がそう言うと、子供達は急ににやにやしながら将人をからかいだす。
「あ〜、また彼女と長電話してたんだぜ、きっと。」
「ねぇ、彼女って誰?」
「お前知らねぇの、前の野球部のマネジャーで、もう転校しちゃったんだけどさ・・・」
「へぇ、いいなぁ、俺も高校に行ったら野球部に入ろうかなぁ。」
最近TVでも取り上げられたことの有る将人は、学校でもちょっとした有名人だった。
当然いろんな噂が学校でまことしやかに囁かれる事になり、家族にひびきのの生徒がいる子供は、
いろいろと噂を伝え聞いているようだった。
「違うよ。彼女じゃないって何度言えば解るんだよ。ただ、いろいろと話するだけで・・・」
「あれぇ、やっぱり電話してたんだぁ♪」
しまった、と思ったときには時既に遅く、子供達は一斉に騒ぎ出していた。
週に何回電話するのか?
キスはしたことが有るのか?
結婚するつもりなのか?
なまじそんなことに興味を持ち始める時期だけに、ゴシップ好きの下手な同級生よりも、
よほど始末が悪かった。
結局のところ、将人が「もうコーチしないぞっ!!」と怒鳴りつけて騒ぎが収まるころには
すでに小1時間が経過してしまっていた。
(彼女の気持ちはどうなの?か、そんなことは僕の方が聞きたいよな。)
案の定、予定の半分も練習メニューをこなせずに時間が来てしまい、溜め息混じりに
そんなことを考えていると、後ろから一人の少年が声をかけてきた。
「あの、コーチ・・・」
「あ、悪かったな、あんまり練習できなくて。」
「いえ、そうじゃないんです。そうじゃなくて・・・」
少年が何かを思いつめているような表情をしているのを見て、将人は優しく話を促した。
高校の野球部に入ってから、将人は他人の悩みに真面目に付き合うことが多くなっていた。
(これも誰かさんの影響だな。)
将人は頭の中で苦笑しながら少年の話に耳を傾ける。
話を要約すると、少年は自分の才能に限界を感じているらしかった。
それで、もう野球チームを抜けたいと言うのだ。
別に、この少年が特に野球が下手と言う訳ではなかった。ただ周りの人間の方が少しだけ
飲みこみが早くて、何をやるにも人より遅れがちになっているだけだ。
まだ小学生で才能も何も無いものだが、この少年にとっては真剣な悩みなのだと理解出来た。
それは、自分にも覚えの有る感情だったから。
「ちょっと、僕の話を聞いてくれないかな?」
少年の話を聞き終えると、唐突に将人は切り出した。
「僕はね、小学生のときみんなに、野球の才能はないって言われたよ。(笑)」
「えっ?嘘だよ。だってコーチは・・・」
「本当だよ。打つのも投げるのも捕るのも、全部駄目だって言われたんだ・・・」
話しながら、将人は思い出していた。
チャンスに打席が周ってくると、必ず代打に交代させられたこと。
エラーが多いために、負けるといつも自分のせいにされたこと。
チームメイトから足手まといだと言われ、仲間に入れてもらえなかったこと。
それでも、野球を続けていたのは野球が好きだったから。
いつか、ブラウン管の向こう側に行くんだって、夢を持っていたから。
そしてひびきの高校の野球部で、将人は彼女に出会ったのだ。
自分の夢を笑わずに応援してくれる、自分を信じてくれる人に。
それまで地道に続けてきた努力が、高校に入って身を結び始めるのだが、
何より彼女がそれを喜んでくれるのが嬉しかった。
彼女が掛けてくれる言葉は、いつも将人に元気をくれた。
もちろん、そんなことまで話はしなかったが・・・
想い出話を終えると、将人は少年の背中を叩きながら力強く語り掛けた。
「大丈夫だよ、一緒に頑張ろう!!」
形だけの綺麗ごとなんて、話すつもりはなかった。
言いたい事は、この一言に全部詰まっていた。
少年は将人の目をしばらく見つめた後、一言「うん」とだけ答えて走り出した。
「明日も5時集合だから、遅れないでね。」
途中振り向いて、そう叫んだ少年は少しだけ明るさを取り戻していた。
「まだまだ、楓子ちゃんみたいには行かないな。」
そう呟く将人の顔は、それでも何かが吹っ切れたように笑っていた。
ずっと決めていた事があったのだ。
卒業までコーチをしている間に、もし少しでも子供達の力になれたら。
そのときには・・・・・
「さぁて、これから大変だぞ。」
一陣の風で舞い上がった落ち葉が、目の前で幻想的なダンスを踊っている。
それは、将人を励ましているかのようで。
(頑張って)
そんな声が聞こえたような気がしていた。
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「行って来ます。」
次の日の朝。
将人は、いつものように家から飛び出していく。
ポストにちらりと視線を投げて、でも今朝はそのまま道へ駆け出していく。
手には一通の封筒を握り締めていた。
佐倉 楓子さんへ
返事、遅くなってごめん。
いろいろと考えることがあって、電話だと心配させちゃうかと思って、
それで手紙に書く事にしました。
ずっと、自分が本当にやりたい事がなんなのか、考えていたんだけど、
ずっと考えて、プロ野球選手にならずに大学へ進学しようと決めました。
教員資格をとって教師になろうと思うんだ。
野球は確かに好きだけど、別にプロにならなくても野球は続けられる。
両親も友人も、みんな期待してるし、きっと反対するだろうけど、
ブラウン管の向こう側よりも、大事なものを見つけたから。
相談できなくて、ごめん。
でも、これだけは自分で決めたかったんだ。
僕が高校の野球部で頑張って来れたのは、楓子ちゃんのおかげだから。
楓子ちゃんが転校してからもずっと、その言葉は僕に元気をくれたから。
だから僕も、誰かにそんな元気を分けてあげられたら良いなって、
そう思ったんだ。誰かが頑張るための、力になれたらって。
それを、一番最初に楓子ちゃんに伝えたくて。
また、電話します。
そのときは、君は怒るかもしれないけど。
関谷 将人より
追伸
誕生日、おめでとう。
あの、その、ボールとかいろいろ用意したらお金なくなっちゃって。
それで、プレゼントとか用意できなくて。
ごめん。
なんか、謝ってばっかりだね。
一緒の大学に行けたら嬉しいから、楓子ちゃんの好きだった言葉を
感謝の気持ちも込めて贈ります。
「一緒に頑張ろう」
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後書き
どうでしたか?
今回のテーマは、かえちゃんを登場させずに、どれだけかえちゃんを
感じることが出きるか・・・だったんですけど。
あんまし上手く行ってませんね。
誕生日SSで書き始めたのに、誕生日あんまり関係なくなってるし。
これが、最初に書いたSSなのですが・・・
なんだか、ときメモな感じがしない気がしてきてます。(^^;)
まだまだ、修行が足りないですね。
やはり創作作業ってのは難しいです。