Riririririririri......

机の前で鞄の中身を総点検していた楓子の背後で、突然目覚し時計が鳴り響いた。

「きゃ! ・・・んもう、びっくりしたぁ!」

楓子が目覚ましを止めると、パタパタと階段を駆け上がってくるスリッパの音が聞こえてくる。

「楓子ちゃん、起きてる〜?」

ドアを開けてひょいと部屋の中を覗いた母親は、既に起きて身支度を始めている娘の姿に、うんうんと頷く。

「お、偉いエライ! もう起きているか、娘よ!」

「うん、なんだか目が覚めちゃった。もうゴハン、出来てる?」

「エライわね〜、楓子ちゃんってば。お母さんなんて、ついつい寝坊しちゃったわよ?」

「え・・・」

にこにこ笑う母親に、楓子の顔が凍り付く。

「ちょ・・・ちょっと、お母さん! 絶対絶対、寝坊しないでねって、言ったじゃない!」

「まぁまぁ、良いじゃないの。だってホラ、この間の学校、受かってたんでしょう?」

「良くないよぉ〜! ひびきの高校が第一志望だって、言ったじゃない〜!」

「・・・そうだっけ・・・?」

困ったように頭を掻く母親に、楓子は盛大な溜息を吐いた。

「もう・・・! じゃあわたし、急いでゴハンの用意するから。お母さん、そろそろお父さん、起こす時間でしょう?」

「あ、そうね。じゃあゴハン、よろしく〜」

軽いノリで部屋を出ていく母親に、もう一度楓子は溜息を吐いた。

別に悪気があるわけではないのだ。ただちょっと・・・天然、なんだと楓子は諦めている。

またその血を、色濃く継いでいるような気がしてならない楓子だから、諦めざるを得ないのだ。

父親を起こしに行った母親に代わって、台所へ向かった楓子は、手早く朝ゴハンを作った。

日本食派の父親だが、今日ばかりは我慢してもらおう。トーストとインスタントのポタージュスープ。昨夜の残りのサラダを出し、スクランブルエッグを作る。

「・・・おはよー、姉ちゃん・・・」

朝食を並べていると、上の弟の豊が眠気眼で入って来た。

「おはよう、豊。どうしたの、早いね?」

「・・・朝練、あるから・・・。そう言えば姉ちゃん、今日ってひびきのの受験だろう? こんなことしてて良いの?」

「お母さん、また寝坊しちゃったんだって。・・・朝練、大変そうだね?」

「うん。・・・姉ちゃんが辞めてからさぁ、練習の準備とか、大変なんだもんなぁ・・・」

「でも、朱美ちゃんがいるでしょう?」

「アイツ、全然やる気ねーもん! あ〜、姉ちゃん、もう一年野球部続けてくれよ〜」

「馬鹿言ってないで早く食べちゃいなさい。・・・はい、コーヒー」

豊にコーヒーを渡し、楓子もテーブルに着いた。楓子はオレンジジュースだ。

弟の豊は楓子と二つ離れた中学1年生。二人しかいなかった野球部のマネージャーが、楓子が辞めたことで一人になり、色々と雑務を押し付けられているようだ。

「・・・まぁさ、緊張しないように頑張れよな。第一志望だろ?」

「うん、ありがとう。・・・じゃ、そろそろ支度するから。お皿は浸けておいてね!」

「うぃ〜す!」

朝練がある割にはゆっくりとトーストを口に運ぶ豊に、ふと楓子は思った。

(ひょっとして・・・頑張れって言うために、早起きしてくれたのかな・・・?)

ありがとうね、と心の中で感謝して、楓子は洗面所に向かった。
 
 
 
 

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               -外伝其の壱-
             桜の花のその下で
              <She met him...>

              書き人:柊雅史
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楓子の家から受験会場であるひびきの高校までは徒歩で20分ほど。バスも一応出ているのだが、高校の前まで行くわけではない。

30分は早めに家を出るつもりだった楓子だが、母親のお陰でそれほどの余裕はない。

「あ〜ん、もう! 第一志望なのにぃ〜! お母さんの馬鹿ぁ〜!」

ひびきの高校へ続く坂道を小走りに駆けながら、楓子は文句を言っていた。辺りには同じくひびきの高校を受けるらしい制服姿が幾つか見えるが、彼らも一様に早足に通り過ぎていく。恐らく半数以上は既に校内だろう。

「はぁ、はぁ・・・! で、でも、これなら十分、間に合うよね・・・」

チラリと時計を見て楓子は足を緩める。

ひびきの高校へ続く坂道は、両側に桜の木が並んでいる。咲くのはまだまだ先だろう。恐らく、入学式辺りが満開時期だ。

一月半後に、満開の桜の坂道を、今日みたいに登って行けたらどんなに幸せだろう・・・と、楓子は思った。

そうして、ふと足を止めた楓子の耳に、突然悲鳴が聞こえて来た。

「にゃーーーー! だ、誰か、た〜すけてぇ〜〜〜〜〜!!」

「えっ!?」

平和な朝には不似合いの、切羽詰まった声に楓子は振り向いた。

「にゃーーーーーー!」

坂の下から、両手を挙げて駆けてくる女の子の姿が映る。その背後には、野良犬さんが楽しそうに続いていた。

「た、大変〜!」

驚いた楓子だが、ふとそれどころじゃないんじゃないかな、と思った。

少女と野良犬さんは、人影疎らな坂道を一直線に駆け上がってくる。その直線上に、自分がいた。

「え? え? ええぇぇぇっ!?」

物凄い勢いと突然の出来事に、楓子はうろたえる。横に避けなくては・・・と思うのだが、足がビックリして動かない。

ぶ、ぶつかっちゃう・・・!

そう思って目をぎゅっと閉じた楓子の腕を、横から伸びて来た手がぐいっと引っ張った。

「きゃっ!」

驚いてよろけ、手にしていた鞄を落としてしまう。だがそのお陰で、少女と野良犬の突風は、楓子のすぐ脇を通り抜けて行った。

「にゃーーーーーーーーーー!」

 ドッシ〜ン!

楓子の脇を抜けた一人と一匹は、突然カーブを描いて桜の木に衝突する。

呆然とその様子を眺めていた楓子だが、はっと腕を掴まれていることに気付いた。

「・・・大丈夫だった?」

制服姿の少年が心配そうな顔で楓子を見詰めていた。楓子がこくこく頷くと、少年はほっと息を吐いて腕を離してくれる。

「駄目だよ、ぼんやりしてちゃ。・・・はい、鞄」

「あ・・・。ありがとうございます・・・!」

楓子はぺこりと頭を下げる。かぁっと頬が熱くなった。

(と、トロイ子だって、思われちゃったかな? 恥ずかしいぃ〜!)

「鞄、大丈夫? 何か割れ物とか、入ってなかった?」

「あ・・・!」

言われて楓子は思い出した。

「そ、そう言えば・・・鉛筆、大丈夫だったかな・・・?」

急いで筆箱を取り出し、中身を確認する。

9本の鉛筆は、物の見事に全てが折れていた。

「う、嘘ぉ・・・! どうしよう〜〜〜〜!」

「うわ・・・ゴメン! 俺、考えナシだから・・・!」

「う、ううん。良いの、助けてもらったんだし・・・。で、でも、どうしよう? どこかで売ってるかな?」

「どうかなぁ・・・。あ、そうだ!」

と、その少年は自分の筆箱を取り出す。

「これ、あげるよ。俺、何本かシャーペン、持ってるから」

そう言って差し出したのは、白地に金の文字で何かが書かれているシャーペンだった。

曰く、『ひびきの小学校運動会記念品』。

その文字をまじまじと見た楓子は、ついクスクスと笑いを零してしまう。

「・・・一応、これで受けた試験は全部受かったっていう、縁起物なんだけど・・・」

「ご、ゴメンね。だって、なんか可愛かったから。・・・でも、良いんですか? そんな大事なもの・・・」

「ちなみにこれも、これも、これも、これも・・・全部、受けた試験は一発合格した縁起物だけどね」

「え?」

「まぁ、どれも一回しか使ってないけど」

「えぇ?」

「失敗した試験で使ってたシャーペンは、捨ててるけどね」

悪戯っぽく言う少年に、楓子は目を瞬き・・・そして、吹き出した。

「あははは! なぁに、それ〜?」

笑い転げる楓子だが、そこで校門のところに立っていた用務員風の男性が声をかけてくる。

「うぉーい、君達! そろそろ締切時間だぞい!」

「おっと、本当だ。急がないと!」

「あ、大変〜!」

慌てて駆け出す二人を、恰幅の良い男性は目を細めて見送った。

「うむ、うむ! 青春だのう!」

今はまだ寒風の名残が残る、2月のことだった。
 
 
 
 
 
 
 

・・・そして一月半。

楓子は桜の花の咲き乱れる坂道を抜け、掲示板を見上げていた。

「えっと・・・F組、だよね。教室はぁ・・・っと」

メモを執る楓子の手には、白地に金文字のシャーペンが握られていた。
 
 
 
 
 
 

 >桜の花のその下で:FIN<
 
 
 
 


*あとがきのようなもの*

中途半端に感じるかもしれませんが、「桜の花のその下で」をお送りしました。いかがでしたか?
まるで八重さんを彷彿とさせる題名ですが、違います。紛らわしいですねぇ・・・。

紛らわしい、と言えば「外伝」とか書いちゃってるし。待て待て、本編はまだ始まってもいないじゃないか(笑)。
そもそも始まるのか、本編? 限りなく不安だぁ・・・。(おひ!)
まぁ、なんとか・・・今回のお話が無意味とか、無駄とかにならないよう、精進します。はい。m(_ _)m
それでは、次回作こそは宣言通りに「勇気の神様(リニューアル版)」になるはずですので、よろしくお願いします。

作者:柊雅史


ときめきメモリアル2はコナミ・KCETの作品です。
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