ときめき御伽草子
 「絆」後編    作:子龍


――カエデが人間の姿となって数年の時が流れていた。
カエデはその可愛らしい姿から「楓姫」と呼ばれるようになっていた。
もちろん命名は花桜梨である。

数年前の山での事件ののち、本家の主人が奇っ怪な病によって変死を遂げていた。
鬼のような形相となり、日がな日がな幻を見ては周囲の人間を片っ端から斬りつけ、疲れ果てるとまた眠る……といったことが続き、
ついには自らの喉を突き、死んでしまったのである。
花桜梨が山で襲われたときに見た大男は、本家の主人の変わり果てた姿だった。

周囲の人々は、弟(花桜梨の父)の土地と財産を奪った呪いだと噂した。
「鬼」とは、「隠(おん)」という言葉が変わって出来た言葉だという。
鬼とは人間の心の隠れた影(陰)の部分が具現化したものだという説だ。
本家の主人は、その欲望と良心の呵責により鬼と化し、花桜梨をワナにはめ、襲いかかったというのだ。

真相はわからない。が、こうして花桜梨を陥れようとする者はいなくなり、花桜梨は楓姫とともに平和な日々を送っていた。
土地と財産を返そうという本家からの申し出もあったが、花桜梨は固辞した。
財産を持てばまた同じ事が起こるとも限らない。
花桜梨にとって、金や名誉よりも、目の前にあるささやかな幸せこそが一番大事だった。

――しかし、またその幸せを崩す者が現れた。
相手は何と、ひびきのの里を含む諸国を統べる豪族・伊集院家の当主だった。

というのも、楓姫の評判を聞きつけた当主が、ぜひ息子の側室にと申し出てきたのである。
その息子とは、容姿端麗・頭脳明晰・文武両道で民衆にも分け隔てなく接し、
名君の誉れ高い現当主の跡を継いで伊集院家を更に発展させるであろうと目されている若武者だった。
(本当に男なので、読者諸兄の心配(期待?)は不要です)

花桜梨も実際、その若武者を間近に見たことがあった。
ひびきのの里に狩りにやってきたその若武者はまさに大物の風格で、貴賤問わず同様に接し、
良家の世継ぎにありがちな奢りなど微塵も感じられなかった。

……花桜梨は迷った。これほどの良縁に恵まれることなど二度とないだろうからだ。
親代わり/姉代わりとして、楓姫には絶対幸せになってもらいたい。
しかし、楓姫が伊集院家の側室となったらまた自分はひとりぼっちになってしまう。
楓姫と一緒に暮らすことのみが生き甲斐となっている花桜梨にとって、それは究極の選択と言えた。

楓姫は、相変わらずぽーっとして何を考えているのか分からない。
花桜梨とて、いつまでもこのままで良いわけがないことは分かっていた。
いつか楓姫が嫁ぐ日のために、人間としての礼儀作法や最低限の知識、炊事洗濯などの家事全般などはしっかりと教えこんでいた。
相変わらずそそっかしいところはあるが、もうどこに出しても恥ずかしくない娘に成長した楓姫であった。

花桜梨は決心した。楓姫を伊集院家の側室として嫁がせることにしたのである。
その夜、花桜梨は楓姫を自分の部屋に呼び出し、事のあらましを話した。
楓姫はしばらく黙ったまま話を聞いていたが、花桜梨の話が終わるや否や、大粒の涙をぼろぼろこぼしながら言った。

「花桜梨お姉さまは私のことが嫌いになったの?私はいつまでもお姉さまと一緒に暮らしてたいのに……。
 離ればなれになるなんて、絶対イヤだモン!!」

いつもは花桜梨の言うことに逆らうことなどなかった楓姫だったが、この時ばかりは必死になって花桜梨の言葉に抗った。
花桜梨は胸が締め付けられるような気持ちになったが、楓姫にとってこれが一番の選択なんだと自らの心に言い聞かせ、諭すように言った。

「わかってちょうだい。私だって楓と離ればなれになるのは嫌なの……」

楓姫は、その言葉を聞いてぱぁっと表情を明るくして、

「だったら、これからも一緒にいようよ、ね?」

と、無邪気に花桜梨に抱きついてきた。しかし花梨桜はその体を引き離し、楓姫の目を見ながら

「考えてみて。ひびきのの里だけじゃなく、隣のきらめきの里や他の村をも治める伊集院家の申し出を断ったらどうなると思う?
 伊集院家にこの里を見限られたら、この里に住む人たちみんなが飢えて死んじゃうことだって考えられるんだから……」

民衆を大事にする名士との誉れ高い伊集院家がそんなことをするはずはない。花桜梨はあえて嘘をついた。

「そんなの関係ないモン!花桜梨お姉さまがこの里の人に何をされたのか知らない私じゃないよ?
 こんな所捨てて、どこか遠くの村で一緒に暮らしましょ?私たち二人ならどこでだって頑張っていけるよ!」

楓姫もそれを知っての上で、知らずにわがままを言っている振りをした。
それが出来ればどんなに楽か……。そう思った花桜梨だったが、

「そ、それにね……、楓を側室として差し出せばたくさんのお金が貰えるの。私はもうこんな貧しい暮らしはしたくないのよ!」

また花桜梨は心にもないことを言い、そっぽを向いた。

「お姉さま……それ、本気で言ってるの……?」

楓姫も、それが花桜梨の本心でないことは十二分にわかっていた。花桜梨がこの世でもっとも嫌うのは、お金に対する人の執着、欲望だ。
それを自ら口にするという時点で、その言葉の裏にある花桜梨の決心が固いことを楓姫は悟った。

「……わかった。お姉さま、わがまま言ってごめんなさい。私……楓姫は伊集院家に嫁ぎます。長い間お世話になりました」

楓姫はそっぽを向いている花桜梨に深々とお辞儀をすると、自分の部屋へと戻って行った。
花桜梨はその場で泣き崩れた。その夜、花桜梨の部屋の明かりが消えることはなかった……。

 

数日後、伊集院家の花嫁を迎える行列が花桜梨の家へと着いた。花嫁衣装に身を包んだ楓姫は、花桜梨の家に一礼すると、花嫁の乗る輿に乗った。
道は、未来の名君の側室として迎えられる楓姫を祝福しようと集まった人でごった返していた。しかし、そこに花桜梨の姿は無かった。

その夜、花桜梨は一人寂しく床についた。最近は楓姫も年頃ということで一緒に寝ることはなかったが、
すぐ隣の部屋で眠る楓姫の寝息を肌で感じながら花桜梨も眠るのが、いつもと変わらぬ日課となっていた。
……しかし、今日はその寝息を感じることは出来ない。今日だけではない。明日も、明後日も、そしてこれからもずっと……。

そう思うと、とめどない涙が花桜梨の頬を伝う。
必死に他のことを考えようとしたが、浮かぶのはカエデ、そして楓姫との思い出ばかり。

ワナにかかって苦しむカエデ、降りられなくなった木の上で震えるカエデ、勇敢に自分を助けてくれたカエデ……。
人間の姿になった楓姫、相変わらずそそっかしい楓姫、そして窓から覗いて最後に見た楓姫の姿……。

花桜梨は思わず起きあがり、家の扉を開けて外に飛び出した。
何か意味があったわけではない。ただ、じっとしていると自分が壊れてしまいそうな衝動にかられたのだ。

花桜梨はふっとため息をつき、家の中に戻ろうとした。
すると背後から、何かが走ってくるような足音がした……ような気がした。
振り返って見ても何も見えない。ただ、漆黒の闇があるだけだ。

花桜梨は再び家の中に戻ろうと踵を返した。
すると、背後から本当に足音が聞こえる。
また空耳かと思ったが、もう一度振り返ってみた。
先ほどとは違い、雲の切れ目から覗いたわずかな月明かりに照らされた一本道が、ぼぅっと浮きあがって見えた。

そして、その向こうから駆けてくる姿は、ありし日の姿と全く同じ、カエデの姿だった。
カエデは一目散に花桜梨のもとに駆け寄り、花桜梨の体に飛びついた。

「カ、カエデ?どうしたのこの姿は!?」

必死になってじゃれつくカエデには、花桜梨の言葉は聞こえていないようだ。
いや、もはや人間の言葉を理解していないような感じだった。

花桜梨は数年前の出来事を回想し、守り神と称する老人が最後に言った言葉を思い出した。

「そっか……私の言いつけを守らなかったカエデは、元の姿に戻っちゃったのね……。
 それで伊集院家のお城の厳重な警備もすり抜けて帰ってくることが出来たんだ……」

楓姫自身が、そのことを知っていたかどうかは定かではない。わかっていることは只一つ。カエデにとって一番大事なのは花桜梨だということだ。
花桜梨はそれを理解し、

「お帰りなさい、カエデ。これからはずっと一緒だからね……」

そう言うと、カエデの小さな体をぎゅっと抱きしめた。

 

――人は、時として一つの大きな別れによって人生を大きく狂わされ、その歩みを止めてしまうことがあります。
でも逆に、一つの小さな出会いによってまた、歩み始めることができるものでもあります。

自分を取り巻く全てのものが信じられなくなっていた花桜梨。

その花桜梨に助けられた形となったカエデ。

いや、逆に助けられたのは花桜梨の方かも知れません。

二人の友情がいつまでも続かんことを………

 

 

 

 

 

 

 

――また季節は巡り、数年後の秋。
今日も仲良く二人が一緒に畑に向かおうとしていたその途中、いきなりカエデが何かに気付き、走り出した。

「ど、どうしたの、カエデ?」

とっさにその後を追う花桜梨。
カエデが走っていった先には、一匹の傷ついた犬がうずくまっていた。
そしてその側には、追い剥ぎにでも遭ったのか、体の至る所に生傷をたたえた青年が倒れていた。

「ひどい傷……。だ、大丈夫ですか……?」

花桜梨は傷を刺激ないように、そっと青年の体を起こした。

「あっ……」

数年経って顔は変わっているが、間違いない。
昔、カエデが野ウサギのワナにかかって苦しんでいるとき、助けてくれたあの少年だ。
よく見れば、カエデが心配そうに傷を舐めているその犬にも見覚えがあった。あの少年が連れていた「マサシ」という名の犬に間違いなかった。

あの時名前は聞けなかったが、カエデとの絆を築くきっかけを作ってくれた少年のことは、花桜梨の心に強く刻まれていた。

 

――花桜梨と見晴、カエデとマサシ……

また一つの出会いによって、運命の歯車が回り始めます……


――痕掻き――

どうも!いきなりおとぎ話というジャンルに挑戦してしまった子龍です(^^;

うはぁ……全然おとぎ話っぽくないよ。舞台が何時代かも定かじゃないし。
とりあえず、ナレーションが市○悦子ってことで想像してもらえれば、何となく昔話っぽいと思えません?……無理っすか?(汗

今回は、八重桜より見晴(芽尾見晴)さん、守る会よりマサシ(柊雅史)さんに出演して頂きました。ありがとうございますっ(^-^ゝ
満足して頂けたとは思えませんが、芽尾さんは花桜梨さんの相手役として、
そして柊さんは楓子ちゃんの犬(?)として会内でやっかみを受けて下さい(笑)

では、これからも花桜梨さんと楓子ちゃん、八重桜と守る会が末永く友情で結ばれることを期待して、
ヘッポコSS書きは筆を置かせて頂きます。最後まで読んで下さってありがとうございました♪


『ときめきメモリアル2』は、コナミ・KCETの作品ですが、このSSのヘッポコさとは一切関係ありません。