ときめき御伽草子
 「絆」前編    作:子龍


人は、時として一つの大きな別れによって人生を大きく狂わされ、その歩みを止めてしまうことがあります。
でも逆に、一つの小さな出会いによってまた、歩み始めることができるものでもあります。
今回は、そんなお話です……

 

今は昔、木枯らしの吹く季節となったひびきのの里。後にひびきの高校となる小高い丘へと向かう一本道を歩く、一人の少女の影があった。
その少女の名は花桜梨といった。

少女の家は代々、ひびきのの里でも有数の地主の家系。
花桜梨はその一人娘であり、優しい両親や近所の人たちに囲まれ、
聡明かつ美しく、そしてまた誰よりも優しく育ち、誰もがその将来を嘱望せずにはいられなかった。

しかしその幸せも長くは続かなかった。両親が立て続けに流行り病に倒れ、齢10歳にも満たない花桜梨が家を継いだのである。
それまで花桜梨をチヤホヤしてきた本家筋の親戚は、こぞって援助の手をさしのべることを名目に花桜梨に近づき、
あの手この手で家の財産や土地を狙い、奪っていった。

それまで優しかった近所の人たちも、いつしか花桜梨のそばから離れていった。
もともと花桜梨の家の小作農家であった彼らは、その主人が花桜梨の親戚衆に変わると、そちらになびいていった。
ひびきのの里は決して裕福な土地柄ではない。
地元で権力を持つ家につかなければ、不作の年などはとても年貢を納められなかったのである。
もしかしたら、その本家の者が花桜梨に近づかないように手を回したのかも知れない。
彼らとて、生活がかかっている。背に腹は代えられないのだ。

両親と死に別れ、優しくしてもらった近所の人たちに裏切られ、花桜梨はいつしか人を信じることが出来なくなっていた。
今も、捨て扶持として残された財産で何とか生活している、そんな状態だった。

そんな花桜梨が、丘へ木の実と薪をとりに行く途中だった。
誰かが仕掛けた野ウサギ用のワナに、一匹の子犬が捕らわれていたのだ。

「かわいそうに……」

そう思った花桜梨だったが、ワナは子犬の足に深く食い込み、とても女手一つでどうにか出来るものではなかった。
花桜梨は後ろ髪引かれながらも、これもこの子の運命だと諦め立ち去ろうとしたその時、

「あれっ、この子犬、君のかい?大変だ、早く助けないと!」

たまたま通りがかった少年は、花桜梨が何も言わないうちに、付近の木や石でワナを外すための道具の代用品とし、鮮やかにワナを外してみせた。

「はいっ、これからはこの辺りで犬の散歩は止めた方がいいよ。そこらじゅうにワナが張ってあるから」

そう言って、血止めの応急措置を済ませた子犬を花桜梨に手渡すと、

「さぁ、行くぞマサシ!」

少年と一緒にいた「マサシ」と呼ばれた子犬は、花桜梨に抱かれた子犬を心配そうに見つめていたが、
その声がするやいなや主人の下へと駆け寄り、少年は名前も告げずに走り去った。

まるで疾風のような出来事にしばし呆然とする花桜梨だったが、
元気に花桜梨の手を舐める子犬に気付いて我に返った。

「あなたも……ひとりぼっちなの?」

近くに母犬や兄弟らしき姿は見られない。どうやらこの子犬も天涯孤独の身のようだ。

その日から、花桜梨に新たな家族ができた。

その子犬は、イチョウの葉のような土色をしており、顔には楓のような白い模様があった。
今の時期が秋ということもあり、花桜梨はその子犬を「カエデ」と名付けた。

秋が終わり厳しい冬を越せば、またサクラの季節がやってくる……。
春になった頃には、二人……正確には一人と一匹だが、まるで兄弟のように仲良くなっていた。
花桜梨が畑へ仕事に行くときも、川へ洗濯しに行くときも、食事のときも、そして寝るときも……。
ごく普通の二人の、ごく普通の生活。
しかし、一つだけ普通でない事があったのです。それは――――

カエデはドジだったのです。

庭のみかんの木に登ったはいいが降りられなくなったり、散歩の途中でイチョウの葉の絨毯の上で寝てしまったり、
夜中の怪しげな物音にビックリして花桜梨の布団に潜り込んで震えたり……。
思えば、野ウサギのワナにかかっていたのも、カエデのドジさ故だった。

しかし、花桜梨はそんなカエデの世話をするのが嫌いではなかった。
むしろ、その一つ一つの出来事は、心に大きな傷を持つ花桜梨の心を癒してくれていた。

「いつまでもこんな生活が続けばいいな……」

静かに寝息をたてて眠っているカエデを見て、花桜梨はそう思わずにはいられなかった。

 

――――季節は巡り、花桜梨とカエデが出会って三年の月日が経っていた。

そんなある日、花桜梨の家の本家(父の兄の家)から使いがやってきた。
いつになくその使いの者に敵意をむき出しにするカエデを諫め、花桜梨は用件を聞いた。
一山越えた隣の村の本家で急な法事が行われるので、明日の朝までに顔を出せというのだ。

両親の築き上げた土地や財産、そしてそこで働く人までも奪った憎い本家とはいえ、無下に断るわけにもいかない。
花桜梨は何も言わずに頷くと、使いは早々に立ち去って行った。

花桜梨は急いでその日の仕事を済ませて準備を整えたが、もう日は陰っていた。夜を徹しての山越えとなるが、仕方ない。
いつもならばカエデも連れて行くところであるが、法事ということ、そして山越えということもあり、今回は連れて行かないつもりでいた。
実際、普段山へ出かけるときもカエデは連れて行っていなかった。
ドジなカエデが再びワナにかかるとも限らないからだ。

カエデもそこは心得たもので、花桜梨が山へ出かけるときはおとなしく留守番していた。
しかし今回に限ってカエデは、どうしても一緒について行こうとする。
仕方なく花桜梨は、カエデを綱で柱に繋ぎ、出かけることにした。

花桜梨が山の中腹にさしかかった頃には、周囲にはすっかり夜の帳が降りていた。
昼には人の往来のある道だけに迷うことはなかったが、花桜梨は何か妙な気配を感じていた。
空気が緊張している。花桜梨は周囲に気を配るが、人の気配はない。
ふと、花桜梨は自分が出かけるときのカエデの心配そうな顔が頭をよぎった。

と、そのとき、物陰から人影……というには大きすぎるものが飛び出し、花桜梨の行く手を塞いだ。
とても人とは思えない大きな体躯、素早い動き、そして鬼のような顔つき。
新月に近く、さらに雲がかかっていたこともあってその姿形は確認出来なかったが、花桜梨を狙っていることだけは間違いなかった。

花桜梨は身の危険を感じ、とっさに逃げ出した。花桜梨は女としては足も速い方であったが、
相手は人間とは思えない速さでみるみるうちに花桜梨に迫り、追いつかれるのも時間の問題だった。

「もうだめ……」

花桜梨が半ば諦めかけたその時、ひびきのの里の方から、疾風のように駆けてくる小さな影があった。
家につながれているはずのカエデである。
カエデはその相手に、思いっきり体当たりをした。
丁度相手の丹田のあたりにヒットし、その上相手は全力で花桜梨を追いかけていたため、カウンターとなった。

相手はその場にうずくまり、花桜梨の方を向いた。
と、ちょうどその時、月にかかっていた雲が晴れ、光が射した。

確かにその顔には見覚えがあった。鬼のように形相が変わっていたとはいえ、見間違うはずがなかった。
その男はとっさに顔を隠すと、森の中へと逃げて行った。

「あの顔は確かに……。あ、そ、それよりもカエデは!?」

勇敢にも敵に立ち向かったカエデは、体当たりのショックで気絶していた。
首には、縛られていた綱を不器用にも無理矢理引きちぎろうとした跡がくっきりと残っていた。

「カエデ……ありがとう……」

花桜梨はカエデの体を抱きかかえると、ひびきのの里に帰ろうとした。
すると、道の真ん中に何か光るものが落ちている。
どうやら先ほどの男が落としたものらしい。
花桜梨はその不思議な光に導かれるように、その光の出所へと歩いて行った。

花桜梨がその光る小槌を手にとると……

「わしがひびきのの里の守り神、爆・裂・山であーる!!」

耳をつんざくような声とともに、真っ白で立派なひげをたくわえた、体格の良い老人が目の前に現れた。

「お主らの様子はいつも見ておった。そのカエデという犬の忠誠心、まことに天晴れじゃ。
 褒美として、そのカエデという犬を人間にしてしんぜよう。……喝!!

老人の一喝とともに、カエデはみるみるうちに人間の少女の姿になった。
花桜梨は呆気にとられたまま、その様を見つめていた。

「これで、お主ら二人は本当の友となることが出来よう。
 ただし、カエデがお主の命令に背くようなことがあった場合、 その神通力は効力を失い、たちまちカエデは犬の姿に戻ることであろう。
 ゆめゆめ、忘れるでないぞ……」

そう言い残すと老人は姿を消し、花桜梨は気が付くと家に戻って来ていた。それまでのことは全く覚えていない。
ただわかっていることは、目の前で眠る少女がカエデであることだけだった。
足に残る古傷、そして姿形は変わっても、安心しきったように寝息を立てて眠るその様は、カエデそのものだった……。

つづく


――痕掻き――

いきなり続き物となってしまいました(^^;
「御伽草子」と銘打ちながら、「今は昔」というフレーズで物語が始まる手法は「今昔物語」だったりまします(笑)
また、個人的には守り神の爆裂山校長の唐突な登場の仕方がお気に入りだったり(笑)

と、関係ないお話は置いといて、続きをお楽しみに♪(楽しみに思ってくれる人がいればの話ですが(汗))


『ときめきメモリアル2』は、コナミ・KCETの作品ですが、このSSのヘッポコさとは一切関係ありません。