「・・・ごめんなさい。」
その言葉を最後に、彼女はいつでも逢える存在ではなくなった。
転校。
高校生の自分にとって、それは永久の別れのようにも思えた。


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 卒業〜そしてそれから〜
   書いた人:綾野 武人
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彼女に気持ちを伝えた翌日。
それをきっかけにしたかのように、
彼女がそこにいたことすら忘れることを強要するように。
彼女は突然いなくなった。
そして僕は自分を嫌悪した。
逢えなくなる悲しさよりも、
逢わないですむことに安堵を感じている自分がいることに。
そして季節は流れ往き。
彼女のことを思い出すことが徐々に減り、
同時に感じる痛みもその強さも小さくなっていったころ。
僕はすでに高校生という不自由な殻を脱して、
大学生という新たな自由を獲得していた。
ほんの一部だけは不自由なままで・・・。

秋。
大学生になって早半年。
「・・・なんでここにいるんだろう・・・・?」
卒業式の後、二度と来ることは無いと誓った場所。
ぽぉん・・・・ぽぽぉぉん・・・・・。
沈んでいく気分とは正反対に、
始まりを表す花火とにぎやかな喧騒があたりを包んでいた。
「だーかーら、もう来ちゃったんだから、うだうだ言ってないで楽しもっ?
 母校の学園祭ぐらい、顔出さなきゃ。それとも何か用事でもあった?」
学園祭。祭りの雰囲気そのままのテンションで僕の
右腕をぐいぐい引っ張っていく女の子。
「レポート終わってないって・・・・光も明日提出だろ?」
陽ノ本 光。高校生のときに再開した幼馴染。
結局、大学までいっしょに。何が楽しいのか、いろいろ世話を焼きたがる。
「うぐっ・・・・いや、それはほら。帰ってからでも間に合うし・・・・。
 もう来ちゃったんだから、うだうだ言ってないで楽しもっ?」
同じ言葉を今度は自分の不安を吹き飛ばすように繰り返す。
「・・・・じつわ、レポート手付かずだろ・・・・・?」
ひくっ。
目に見えて引きつった表情をする光。
「・・・えへ・・・へへへ。資料は集めてあるんだよ。」
「むかしっから、参考書とか買うだけ買って安心するタイプだったよな。光って。」
ジト目で見る僕。さらに顔が引きつる光。
「もーっ!いいじゃん!来たんだから、そんなことはとりあえず忘れて楽しもーよぉ。
 あっ!焼き鳥♪イカ焼き♪クレープぅ♪」
会話を打ち切るように、そして楽しそうに屋台へ駆け出す光。
僕は苦笑しながら、それでも少しは楽しもうと気分を切り替えて
光の後を追おうと一歩踏み出した。

どんっ。

背中に軽い衝撃と。
「きゃぁっ!・・・・・いたたたた。ごめんなさぁい・・・・・。」
悲鳴は後から来た。
少し舌足らずなしゃべりかた。
幼さの残る声。
一瞬、懐かしさを錯覚する。
しかし、それはすぐに苦い思いへと姿を変える。
ゆっくりと後ろを振り返る。
自然に動いたつもりなのに。
「またやっちゃったよぉ・・・・だいじょうぶですか・・・・?
 ・・・・綾野君・・・・・?」
二度と彼女に呼ばれることは無いと思っていた名前だった。
すでに忘れ去られていると思っていた。
彼女・・・・佐倉 楓子と最後に逢ってから早2年が過ぎていた。
「・・・久しぶり。元気だった?」
自分の表情としぐさにひどく自信が無かった。
「あれ?佐倉さん?久しぶりぃ。修学旅行のとき以来だね。」
両手にひとつずつクレープを持って、いつのまにか光が横にいた。
「もしかして、野球部のお手伝い?」
僕と彼女の間に流れる妙な雰囲気を知ってか知らずか、
陽気に声をかける。
「・・・え?あ、ううん。お手伝いって言うより、
 後輩の顔を見に来たってところかな。
 私が手伝うと、また大変なことになっちゃうモン。」
何事も無かったかのように、彼女は光と言葉を交わしていた。

・・・気にしているのは僕だけなのか・・・・?
(あははは。自覚しちゃだめだよぉ。)
・・・気にしてる?
(え〜、だってぇ。)
・・・いまさら何を?
(あ。すぐ戻らなきゃいけないんだった。よかったら野球部のほうも見に来てね。)
・・・決めたじゃないか。
(了解!了解!)
・・・もう忘れようって・・・

「はい。武人君。」
とりとめも無く拡散しかけた思考が、
光の言葉に収束した。
「食べるでしょ?」
目の前に、左手でクレープを差し出して、
右手に持ったクレープをぱくついてる光がいた。
「・・・・え?ああ・・・。さんきゅ。」

「・・・それにしても。よく食うなぁ・・・。」
陽の色は茜色に染まり行く時間。
屋台を一回りし、適当に展示をぶらついて。
野外のテーブルで一段落。
向かい合って座る光の食欲にあきれ半分、感心した。
ほぼ全部の屋台を制覇したんじゃないだろうか・・・。
現在進行形で、アンズあめを食べている。
「武人君はもう食べないの?」
それでも最初のうちは光に付き合って、
クレープに始まり、焼き鳥・焼きイカ・ホットドッグ・ヤキソバ
あたりまでは食べたんだが。
「もぉ勘弁・・・・・。」
コーラを飲みながら答える。
ちなみに、光はそれに加えて、
おでん・じゃがバタ・ワッフル・フライドポテト・肉まん等々を
制覇していたりする。
「食べなきゃ育たないんだから。」
笑いながら言う。
「もぉ育たないって。」
つられて笑って答える。
「ねぇ、武人君。」
少しだけ真剣な顔をして。でもどこかに笑みを残しながら。
「・・・・まだ佐倉さんのこと好きでしょ?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぶっ。
思わず口に残ってたコーラを吹き出してしまう。
光のほうを向かず、あさっての方向を向けただけ努力した。
・・・・外でよかった・・・・。
「なっなっ・・・・・なにをっ・・・・」
いきなり虚空を見つめる光。
唐突に。
「あ。佐倉さんだ。」
ぶんっ。
音すら伴い光の視線の先を追う。
「・・・・う・そ。」
「・・・・・」
思わず黙り込んでしまう。
「ねぇ。これでも君のことわかってるつもりだよ?
 幼なじみ君。」
少しだけ寂しそうに微笑みながら。
「修学旅行終わったあたりからだよね。なんとなく元気無くて。
 私の誘い断ってまで入った野球部も辞めちゃったし。
 ほかの人なら、気づかないかもしれないけど。
 私の目はごまかせないよ?」
「・・・・・・」
光に。と言うか。
誰にも彼女のことを、自分の思いを話したことは無かった。
何かをごまかすように、コーラをすする。
「卒業するときに、何か忘れてきちゃったんでしょ?
 今からでも間に合うかもよ?」
誰かに話してしまえば、その分忘れるのに時間がかかると思ったから。
「今の君、見てるのつらいよ・・・・。」
いつのまにか、光が横に立っていた。
「だから・・・・さっさとケリつけておいでっ!」
ぱぁぁぁぁっん!
言葉と同時に光の手が背中をたたいた。
「佐倉さん、野球部の人たちと一緒に帰るって。
 もうすぐ撤収始まるから、その後じゃない?」
「・・・・光・・・・さんきゅ。」
「いいって。大事な幼なじみだもん。
 私、先に帰るね?」

秋の深まりは日の短さを持って知るべし。
いつのまにか日は落ちていた。
そして雨。
ひびきの高校学園祭の終了とともに、ぽつりぽつりと雨が振り出し。
やがて本格的に降り出した。
ひびきの高校前バス停。
雨宿りと自分を人目から避けることをかねて。
バス停前のアパートの軒先を借りていた。
さっきまでは列が絶たれることなく、帰宅する学生がいた。
今は、バスがくる時間になるとぱらぱらと人が来るに過ぎなくなっていた。
「佐倉先輩って、転校しても卒業してもドジさ加減はかわらないんですねぇ。」
雨の音に混じって聞こえてる言葉。
笑いながら話す言葉に知った名前があった。
「もぉ・・・・そんなことないモン!」
あはははは・・・・と軽快に笑う声が重なり合った。
よく知っている声。
決して忘れることができなかった声。
そして、同じように忘れることのできない姿が目の前を通り過ぎていった。
一瞬の躊躇。
しかしそれは、
わずかに残る背中の痛みと。
ほんの少しの希望と。
忘れることのできない思いが打ち消した。
「・・・・・佐倉さん!」
声は思ったより大きかった。
きょときょととあたりを見まわす彼女。
愛すべき、愛らしいしぐさ。
何も変わっていない彼女。
そして彼女が僕を見つける・・・。
目が合った瞬間。僕は雨の中に飛び出していた。
「少しだけ・・・話していいかな?」
とても久しぶりに間近で見る彼女。
うっすらと。だけど確かに引かれている唇のライン。
少しだけ変わった彼女がいた。
「え・・?あ・・うん。えっと・・・・。
 ゴメン。すぐ追いつくから、先に行っててー。」
後半は、僕ではなく一緒にいた後輩たちに。
「・・・・濡れちゃうよ?入って?」
そう言って傘を差し出してくれた。
こんな優しさは変わってないんだ・・・。
遠慮がちに、傘の下の空間を共有させてもらう。
彼女が濡れないように。自分の肩は濡れてもいいから。
「それで?お話って?」
無垢な笑顔で。少しだけ不安を込めて。彼女が問う。
「・・・ひさしぶり。元気だった?」
違う。言いたいことはそんな事じゃない。
「?・・・うん。元気だよ。」
それは奇妙な、そして短い沈黙だった。
彼女に声をかけたときと同じ物がまた背中を押してくれる。
「あの・・・・あのね。いきなり逢えなくなって・・・。
 寂しかったんだよ。
 でもね、逢わないですむって安堵した自分がいたんだ。
 そんな自分が、無茶苦茶嫌だったんだ・・・。」
彼女の顔から笑みが少しずつ消えていく。
それでも、言わないわけにはいかなかった。
前を向くために。
「今でも・・・・今でも君のことが好きです。佐倉さん。」
以前に伝えた言葉をもう一度解き放つ。
以前より、少しだけ強く、少しだけ変わった思いを込めて。
「ありがとう・・・・。でも・・・ごめんなさい・・・。」
彼女から発せられた言葉は以前と変わらなかった。
だけど。
「ありがとう。」
出た言葉は自分でも意外だった。

そして。
彼女を乗せたバスは走り出す。
僕の中に残っていた何かが解き放たれた。
やっと。半年のラグを経て。
・・・・時間が動き出す・・・・。


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あとがき〜♪
あああああ。やっと書き終わったぁ(^^;
はい。某所で遙か昔に約束した、「自虐SS」。ここに完成いたしました。
きっかけは、柊さんのSSで、かなりいい思いをさせていただいたんで、
自分で引きずりおろしておかないと、会員の皆様の熱い視線が痛いなと(笑
そんな思いでした。
・・・・・・・・・が。
綾野は柊さんを初めとするSS制作者とは違って、自分で物語を生み出す才能は皆無です(笑
するってーと、自分の経験を元にして、多少脚色して肉付けしていらないところ削って。
そんな風に作らなきゃいけないわけで。
いやぁ。忘れたはずの思い出なのに、いざ文字に起こすと痛い痛い(^^;
書きながら堕ちていく自分も見れて一挙両得(曝
自分を一人称で書くのに抵抗もあったんですが。
中身が中身なんで他の人の名前を借りるわけにもいかず。
結局、恥を忍んで第一人称「綾野武人」。

反省点はただ一つ。
ひかりんの方が目立ってる(おぃ
事と場合によっては硝子に殺されるかも知れないなぁ(^^;
あ。いちお、設定ではひかりんは、
「完全幼なじみ。すでに男女がどーのっていう次元を超えた完璧にお友達」
です。

そんなわけで、綾野初のそして最後のSSです(笑
感想などいただけたらうれしーなぁ♪
であっ!
綾野武人
taketo@a2.mbn.or.jp


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