カードキャプター佐倉

第4話 カードキャプターVSラブラブスター(後編)

 

「宇宙アイドルラブラブスター参上!」

呆気にとられる佐倉達を無視して、どうやら美幸の『変身』が完了したらしい。

神秘的な中にもどこか愛らしさのあるそのコスチュームは

やはり正義の味方を自称するだけあるなと、佐倉も妙に感心してしまった。

「カードよ・・・カードの魔力を感じるわ」

肩の上のロドリゲスが口を開く

「あの娘・・・どこかでカードを手に入れたみたいね・・・」

「寿さんもカードを・・・!?」

「ええ・・・そしてそれを上手く使いこなしている・・・佐倉さん、これは強敵よ!」

「強敵・・・って、ロドリゲスちゃん、私を無理に戦わせようとしてない・・・?」

ぐったりしながら目の前の『強敵』に目を戻すと、佐倉は作り笑いを一つ浮かべて

「こんばんは、寿さん。あのね、実は私・・・」

ロドリゲスのけしかけ、つまり強敵とのバトルよりも

事情を話すことによって『和解』を求める事を選択したのであった・・・

    


「・・・という事なの。だからお願い。寿さんの持っているカードを渡してくれないかな?」

諭すような口調で説得を続ける。

使命を帯びた主人公である前に、佐倉は女の子なのである。

出来れば手荒な真似をしないで済むようにしたいというのが素直な心情であろう。

そんな佐倉の気持ちを知ってか知らずか、一方の美幸はというと

「絶対イヤ!美幸はご町内を守るヒーローなんだよ!
 この力は、今までの不幸の変わりに神様が美幸にプレゼントしてくれた物なんだから!」

「そんな・・・そのカードには、ちゃんとした持ち主がいるの。小林史郎さんっていうおじさんで・・・
 今だってきっと困ってる。だから返してあげないと・・・ね?」

「そんなの関係無い〜っ!これは美幸の物なんだから〜っ!
 絶対絶対、誰にも渡さないんだから〜っ!!」

まるで歯医者に連れて行かれるのを嫌がる子供のように駄々をこねる美幸。

これでは説得の糸口を探しようにも、まるでお手上げである。

何しろ「渡して!」「イヤ!」「渡して!」「イヤ!」「渡して!」・・・の繰り返しなのだ。

もはや美幸に『格好良いヒーロー』の面影は微塵も見られない。

「佐倉さん、こうなったら力尽くで・・・」

ロドリゲスは相変わらず物騒な台詞でまくし立てる。美幸は駄々をこねている。

話が一歩も進まない・・・いや、むしろ後退すらしているこの状況を、ようやく打ち破るきっかけとなったのは・・・           

 

「キャーーーッ!」

 

女性の悲鳴だった。

公園を支配する闇の向こうから、確かに女性の悲鳴が聞こえてきたのである。

それまでの空気が一変、緊張したものへと変化する。

「な、何、今の悲鳴!?」

声のした方向の闇を見つめ、佐倉が不安そうな顔をロドリゲスと見合わせた。

「ねぇっ、今の悲鳴、寿さんも聞いたよね・・・って、あれ?」

先程まで美幸が騒いでいた場所に、もはやその姿はなかった。

「あれ?どこに行っちゃったんだろ・・・」

「大方、悲鳴に驚いて逃げていったんでしょう。それより何があったのか気になるわ。
 佐倉さん、確かめに行きましょう!」

「うん、そうだね!」

・・・・・・・・・・・・。

 

佐倉と同い年ほど・・・つまり高校生くらいの女の子が、舗装された赤レンガの地面にへたり込んでいた。

活発そうな赤のショートカットが彼女の爽やかさを演出している。

・・・が、今は『爽やか』などと悠長な事を言っている状況ではなさそうである・・・

恐らくこの娘が悲鳴の発信源だったのであろう。

「大丈夫?・・・一体何があったの?」

尻餅を着いているその娘に手を差し伸べながら、佐倉が訊ねた。

「ち、痴漢が現われたの・・・突然私の目の前に現われたかと思ったら、いきなりこんな物を・・・」

そう行って彼女が差し出したのは雑誌。その表紙には雄々しい文字で『月刊ばら』と書かれている。

ページをめくった佐倉は思わず絶句してしまった。

巻頭のグラビアページには、こんがりと小麦色にやけた筋肉質の男達による半裸の宴

黒のビキニがオンパレードである。

こんな物とてもじゃないが、年頃の女の子に耐えられるシロモノではない。

彼女もやはり、これを見せつけられて悲鳴を上げたのだと言う。無理もないだろう。

「ひどい・・・こんな事って・・・許せない!」

「佐倉さん、あたし達の手で、この凶悪な犯人を捕まえてやりましょう!」

「うんっ!これ以上の被害が出ないうちにね・・・大丈夫、私達に任せて!
 あなたの仇、ううん、女の子の仇は、私が必ず捕まえてみせるから」

女の子の肩をポンポンと叩いて安心させると、とりあえず近くのベンチに座らせ、佐倉達は犯人の追跡へと向かったのである。

 

噴水の横を通り抜けて暫く歩くと、そこにはシーソーなどが備えられた小さなアスレチックスペースが広がっていた

「・・・あの娘の話だと、確かこっちの方に逃げて行ったって事だけど・・・」

「そうね・・・あら!?」

「え、どうしたの?」

傍らの茂みにロドリゲスが見つけたのは、まるで人目を遮るかのように置かれている一台のスクーターだった。

持ち主が近くにいる証拠なのか、バックミラーの上にはヘルメットが引っ掛けっぱなしになっている。

「これってもしかして・・・?」

「ええ、怪しいわね」

「うん・・・こんな所に・・・あ、キーが差しっぱなしだよ・・・」

佐倉がその不審物へと、何気なしに手を掛けようとしたその時であった。

 

「そ、そこのお前・・・ぼ、僕のバイクに何をしているんだ!」

 

5月に似つかわしくない黒のジャンパー・・・マスクをした小太りの男が

分厚い眼鏡のレンズをギラつかせながら立ち尽くしていたのである。

 

「あ、あの・・・この辺に痴漢が出たって言うんですけど・・・」

目の前の男に不信感をつのらせながらも、やはり面と向かって「あなた痴漢ですね」とは言えない。

佐倉はそれとなく、遠まわしに探りを入れようと考えたのである。

ところが・・・

「そ、そんなもん、知るか!ぼ、僕はたまたま通り掛かっただけだ・・・そこをどけっ」

「きゃっ!」

突き飛ばされた佐倉は、とっさに男のシャツの裾を引っ張っていた

バサバサッ・・・

男のシャツの下から、見覚えのある雑誌がこぼれ落ちる。・・・1・・・2冊・・・!?

「しまった!」

表紙に踊る『月刊ばら』のタイトル。驚きで目を見開いていた佐倉は、思わず表紙の黒人と目が合ってしまった。

「ああっ!さっきの・・・やっぱりあなた・・・」

「く、くそっ・・・こんな物がどうしたっていうんだ!何の証拠になる?」

あくまでシラを切ろうとする男に、今度は佐倉が自分のトートバッグから、『月刊ばら』を取り出しながら言った。

「とぼけても無駄よ!さっき襲われた女の子の足元に落ちていたのがこれ、4月号です。
 そして今、あなたが持っているのが3月号と5月号・・・これでも言い逃れをするつもりなんですか?」

「う、うるさいっ!・・・畜生っ、お前にもコイツをお見舞いしてやる!」

男が、地面に転がる2冊のばら本へと手を伸ばした。

とっさにロドリゲスが反応する。

「佐倉さんっ!危ない!」

「きゃっ!ダメ・・・間に合わないっ!」

「ははははは〜っ!僕を馬鹿にした天罰だ!」

ギュッと目をつぶる佐倉。

 

ピシャーーーーンッ!

 

飛び込んできたのは衝撃的な『映像』ではなく、地を裂くほどの衝撃音だった。

そして、目を閉じていても眩しいほどの閃光。

ようやく目を開けた佐倉が見つけたのは、地面に転がる無様な男の姿と・・・

 

「寿さん!?」

 

蒼い満月をバックに、電話ボックスの頂上でポーズを決めていたのは、いなくなった筈の寿美幸・・・

いや、正義のヒーロー『ラブラブスター』だったのである。

先程までの子供じみた少女ではなく、表情こそ見えないものの

佐倉達を見下ろしている姿は、やはり凛々しいものに感じられた。

「こ、今度は電話ボックス!?」

「さっき(街灯)よりは低い場所を選んだようね・・・なかなか懸命だわ」

佐倉達の間抜けな掛け合いをよそに、神秘的な空気をまとったままの美幸は続けた。

「夜の美しい公園を汚す、醜い振舞い・・・そして女の敵!
 たとえ公園の管理人さんが許そうとも、このラブラブスターが、星に変わって成敗します!」

まるで用意されていたような決めゼリフである。

美幸に見下ろされた男の方はフラフラと立ちあがりながら

「な、何なんだ一体・・・ぼ、僕の邪魔をするなぁ〜っ!」

バサァッ!

ヤケクソになった男が、苦し紛れで美幸に投げつけたのは、例の『ばら本』であった。

勢いよく投げ放たれたそれは、見事に真っ直ぐ飛んで行って・・・

「無駄よ!そんな物、私には通用しないわっ!」

パシッ!

全く必要性のないターンを決めて、美幸が本をキャッチする。

が、なにしろ勢いよく飛んで来た為、その拍子で派手にめくれ上がった見開きページを目の当たりにしてしまう。


!!!


声にならない悲鳴をあげる美幸。あまりのショックからか、そのままグラリと目眩を起こして・・・

「あぁっ!寿さん、危ない!」

佐倉がそう叫んだ時にはもう遅く、フラフラと電話ボックスの上でよろけていた美幸は

そのまま地面へと叩き付けられてしまった。

ドシーーーンッ!

「きゅぅ〜〜・・・」

 

どうやら完全にのびてしまったらしい。

あっという間の出来事にただ目を丸くするだけであったが

ロドリゲスの一言によって佐倉はハッと我に返る事となった。

「佐倉さんっ!犯人が逃げるわっ!」

「・・・あっ!」

ヴォンヴォン・・・

スクーターのエンジンがかかり、薄闇の中、テールランプが赤く点滅する。

植え込みの土を巻き上げ、まさに今、発進しようという所であった。

 

「佐倉さんっ!カードよ・・・カードの力を使うのよ!」

「でも・・・この場合って・・・」

「あそこに落ちているカードを使って!」

「落ちているって・・・あ、寿さんの!?」

電話ボックスの傍らでのびている美幸の横には『魔方陣の描かれたカードが、たしかに落ちていた。素早く拾い上げた佐倉に、ロドリゲスが指示を下す

「このカードは『想』(イメージ)。使った者の想像力が強力な程、その実態を色濃く具現化するわ」

「う、うん・・・つまり、想像が現実になるって事だよね?」

「そうよ。さぁ早く!ヤツの進路を遮るものをイメージしてちょうだい!」

「う・・・う〜〜ん・・・」

 

ブィーーーン・・・!!

 

スクーターが走り出す。

波乱万丈に富んだ今夜の事件の中、佐倉の頭に浮かんだのは・・・

「きゃぁっ!」

どういう訳か、悲鳴をあげたのは想像主の佐倉自身であった。

それもそのはずで・・・

「うわぁぁぁぁっ!」

こちらは男の悲鳴。目の前にそびえる小麦色の壁に、スクーターごと突っ込んでしまったのである。


ズシャァァァ・・・・・・カラカラカラ・・・


逆さまになったスクーターのタイヤが、情けなく宙を空回りしていた。

 

 

佐倉の活躍により、こうして事件の幕は閉じる事となった。

美幸の持っていたカードにしても、その後の交渉(?)によって

佐倉の宝物『オオサンショウウオのテレカ』と交換するという事で話し合いがついたのである。

美幸自身も「こんな危険な目に会うのは、もうコリゴリだよ〜」という事で、割とあっさり納得してくれたのが救いだった。

それにしても・・・

 

「佐倉さん・・・あなた、あんな事しか思いつかなかったの・・・」

「だ、だって、あまりにも刺激が強すぎて・・・忘れられなかったんだモン!」

「ふ〜ん・・・あなたって、そういう女の子だったのねぇ」

「う、うぅ〜〜〜っ・・・」

 

佐倉のイメージで呼び出した『小麦色のばら男達による肉体の壁』について

これ以降、佐倉には『そういう女の子』としてのイメージが付きまとう事になったという。

無論、佐倉とロドリゲスだけの秘密なのであるが・・・




▼次回予告▲
商店街の福引で引き当てたのは、最新型のノートパソコン
インターネットって、やってみると結構楽しいものなんだよ♪
「あれ?このメールって・・・きゃあっ!が、画面が・・・」
次回、カードキャプター佐倉第5話 『初めましては I LOVE YOU!?』
お楽しみに♪